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オリジナル獣漫画描いたり、スターフォックスだったり、映画だったり音楽だったり

 

 

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EYES WIDE SHUT/5 

      この国の大きな瑕疵

 

 

 

 

 コーネリア軍、東部カタリナ基地。カタリナ東部戦闘宙域より帰還したグレイ小隊は、局長に呼び出され驚くべきことを耳にした。

 

「だーかーらァー、今回はァー、企業が雇った民兵組織同士の争いだから軍の管轄じゃないっていってんだろー」

「しかし局長ォッ!どうみてもあれは違法な宙域戦ですよ!?治安維持部隊は戦闘機を完備してないし、あれを野放しにしていいわけがないでしょう!どれも認証されてない機体で完全にスターウルフの仲間でしたし!五艇会も全滅してた!明らかにヤクザの抗争じゃないですか!」

 

ビルが大汗をかきながら説得するとも、局長は耳を塞いで知らぬ存ぜぬを決めていた。タケルスたち部下もこの態度に驚きが隠せない。

 

「民間人の犠牲者でてないしなァー、宇宙戦は航空法にひっかかるにしろ、ぶっちゃけコーネリア政府も管轄領空をどこまでとかそういうの定めてないしさー。治安維持部隊が宇宙いけない時点で決めようないけどさー」

「だから全惑星は防衛軍に統一されてるんでしょうがッ!治安維持も軍人の仕事ですよ!!」

「えぇーどこからどこまでも抗争とするのかだよなー。だってほら、この前スターフォックスと楽しそうに腕試してたじゃねえかぁ。訓練の一環とかでもねえし、お前さんがいう航空法にゃ厳密にいうと違反してんだ。ケンカか抗争かって、曖昧すぎっからなんともいえねえんだよなァー。裁判所持ってく?もってくならおめえやれよー」

「っでもあれヤクザですよ!?民事介入暴力だ!」

「民間人の死者でてねえし結果オーライじゃーん。しかもあれヤクザじゃねえって。KSAとデフトーンズ地所の雇った民兵集団だってば。」

 

あくまでも局長は譲らないらしかった。

 

「要するに、拳願試合ってやつじゃね?」

 

ーーー局長…なんか受け取ったな…

 

意地でも曲げないところを見ると、心がうっすらと形になって現れる。眼帯をしていてもだ。確実に、どちらかの企業が関わっている。

呆れた様子でグレイ小隊が出て行くと、彼のあては大当たりだったようだった。すこし罪悪感を持ちながらも、局長は書類を引き出しからだした。頭をかきながら、口封じのための金額を見る。

 

「そりゃーなぁ…防衛軍より武器持ってるとこと、あのスターウルフがお友達じゃあ、無敵じゃんねぇ…。核でもぶちこまれちゃぁいくら軍でもシャレになんないよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 五艇会本部は、いよいよ佳境に迫っていた。

3階から両手をガトリングガンに変形させたパッカーが、冷たい目線で全ての部屋に潜んでいる輩を撃っていった。逃げ場をなくした舎弟達が、おいまくしたてられていく。

 

『クリア。』

「了解。H20、最後の部屋だ」

 

アカツキの隣、ウルフが答える。撃たれた箇所の痛みはさらに強くなり、じっとりと体に汗をかき始めた。

 

「貴様の能力は何のためにある?」

「…な…何て」

「銃槍くらい焼いて塞げ。」

「冗談はやめろ、無理だ」

「なら撃たれるな」

 

レオンがぎろりとした目で彼を凝視する。その威圧感に押され、アカツキは血の気を弾かせつつも、手に熱を溜めた。セリヌとラナが後ろで不安そうな顔をして覗き込む。

鳥肉が焼けるのに近く、不快感を催す臭いが充満する。血がこびりつき、バリバリになって服にこびりついた。歯を食いしばり、ビリっとくっついたシャツを剥がすと、痛みが弱まったようで肩で息を始める。

 

「やるじゃねえか…。おっと、撃たれようが焼くのはゴメンだぜ…」

 

パンサーもニッと笑っていたが、そのグロテスクな光景に冷や汗をかいていたらしい。赤外線で透視しながら慎重に進むと、もぬけの殻になった階段でパッカーと合流した。

 

「生きてたか。」

「そりゃあ、死ねねえからな」

 

レオと顔を見合わせると、スターウルフのメンツの後衛にたった。後ろに立つセリヌが何かに気づき、分電盤と見られるアルミの扉を開けた。

 

「セリヌ、なにやってる」

「電気系統がここに集中している。奥はみたところ居住空間ですが…」

「…なるほど。」

 

赤外線ゴーグルでやっと確認できる範囲で、白い四角い物体が見える。ウルフは鬼畜の顔をして、ニヤッと笑った。

 

「ラナ、セリヌ。ここを張れ。合図したら、そいつをぶっ壊せ」

「…了解」

 

ラナは察したらしかった。いよいよ、五艇会は袋小路である。中にいるのは30名を超えている。マレイドの姿を確認すると、流れ弾があたらぬように緊密な手段がウルフによって指示された。

奴らもこちらの動向をすでに見切っている。壁を背中にして、50メートル先にあるドアの向こうはホットゾーンだ。

合図をされ、パンサーが手榴弾のピンを抜き、ドアの前に転がした。

 

「突入!」

 

爆発とともに扉が吹き飛ばされ、同時にあちらから激しい銃撃が一挙に押し寄せる。目くらましにもなる手榴弾であり、光や影も察知できない黒い煙が押し広がる。非常に長く空気中にとどまり、敵陣からの攻撃は全くと言っていいほど当たらなかった。

透視のきくゴーグルでしか動けない中、敵陣を次々と崩してゆく。暗黒のカーテンのなか、恐れることなく6人は突入した。

銃弾の嵐のなか、逃げ場のない四角の部屋だろうが攻撃は止むことはなかった。相手は軽装備だというのに、一歩も引くことはない。決死の覚悟でこちらへ特攻してくる様子が、なんとも気味悪く見えた。

 

24、18、と数は大きく減っていく。やがて、女の声が「攻撃停止!」と声をあげた。同時に、スターウルフ側も攻撃を止める。交渉へもっていこうとしたのか、もうこれ以上死者を増やすことはしたくなかったらしい。

 

「姐さん!そんな!」

「やめろっていったら止めんだよ!あんたらが忠義のために死のうが、なんとも思っちゃいないんだよ!いいからやめな!」

 

初めからこの組には悲壮感が漂っていた。組員がまるで組のために死ぬのが幸せともいわんばかりの言い方に、何度も耳を疑った。ウルフは前に出て、捨てて両手をあげるように言うと、ゴーグルを首に押し下げて顔を見せた。

 

デフトーンズは逃げた。これ以上協力してくれる輩がいねえからだろう。」

「わかってるよ、そんな事…」

「なら作戦をなぜ実行した。そのカスみてえなプライドか?」

「…そうだけど?これでも随分減ったもんだよ。逃げたきゃ逃げろって、あんたみたいに説得しようとねぇ、どいつこもいつも殺されについてきた。」

 

ごろごろと転がっている屍体は、いま生き残っている組員にとっての仲間だったのだ。中には情熱的に涙ぐみ、下を向いている奴もいた。

 

「組のために死にたいって、さ。安い命をいくら散らそうがアタシは何も変わっちゃいないってのにね…」

「ただの自己満足だろうが」

「結局はそうだよ。死にたがってんだから、どっちにしろ終わりは早いほうがこいつらのためだと思ったんだよ」

 

すすり泣きが増える。隣でマレイドは特に乱暴された形跡もなく連れ去られた時の格好のままである。さらには同情するような潤んだ瞳を松島に向けていた。

 

「あんたと同じ考えだよ。だが可愛い我が子についてこられちゃ、見捨てるわけにはいかねえだろう?」

 

松島はマレイドを強く引き出し、背中をどんと押した。ウルフが前に出ようとするが、マレイドは彼女を振り返って見つめたまま、動こうとしなかった。一体彼女にどんな心変わりが起きたのだろうか。

 

「なんでこの惑星の奴は、死にウェイトを置く。敬っている目上の奴のために生きるのではなく、死ぬことの方が美しいってか。理解できねえ」

「卑怯者として生きるくらいなら、勇者と称えられ死ぬ方がマシ。生き恥かくくらいなら腹を切って死ぬし、同士も死ねというだろう。ここはそういう国だ」

 

アカツキは運良く一人空襲から逃れた後、誰も生還を喜ぶことなく、両親や友人を見捨てたとひどく批判された。心を閉ざした彼は、地元と縁を切るとともに、重たい刃でかつての知り合いや友人たちを殺した。

 

「でも誰も裏切らなかった。死ぬまで、組を見ていてくれた。」

 

誰も裏切ることはない。松島はニコリと笑い、ウルフにそっとこういった。

 

「あんたのとこは、どうなんだい?」

 

銀色の眉をひそめ、ウルフは黙った。

すでにピグマとオイッコニーはその場限りの付き合いとして割り切ったが、今では敵に回ることも少なくない。隣にいるレオンもパンサーもパッカー達、そしてサタイアも、いつ手のひらを返し牙をむいてくるかわからない。

しかし、微塵に不安に思うことはなかった。

 

「それがスターウルフだ」

 

裏切り、殺し合い、代謝して強くなる。疑いを持ちながら共闘関係を組む、それがあるべき姿だとウルフは言い切った。松島は大きな目を細め、「ふぅん…」と興味深そうに微笑んだ。

 

「降伏しろ。腹を切りたきゃここで切れ。死にたくてついてくるザコは手間だ。KSAからの命令はこれで完了する。」

「…デフトーンズはどうすんだい」

「お前んところの、オダワラだかがうちのガキをつれていってる」

「小田原が…!?一体…」

 

その頃、カイルの乗る小型ヘリがデフトーンズのダニエル・カートマンの乗る車に目をつけていた。三白眼でにいっと笑うと、操縦席のタヌキが様子を伺いながら窓を開けた。彼は、アカツキとラナとカイルが捕まっていた高速艇のパイロットだった。高度を下げると、機関銃を慎重に構えた。

 

「今頃…五艇会が報復攻撃をしかけたことになってんだろう。ちなみに、あいつはキチガイだ。」

 

攻撃をする様子がないことで、ウルフがタバコに火をつけ、武器を下ろした。窓の外をみる。カイルは一気に砲撃をし、一気に道をそれ車は衝突した。カイルはワイヤーを使って下に降りると、腰を抜かしてはじき出されるカートマンを取り押さえると、ワイヤーでぐるぐる巻きにして連行した。ニヤニヤと笑う悪魔が、仰天する彼をひと殴りした。

 

「ヤクザを使い慣れてない奴がどうなるか、じきに見せてやる」

「…!…!」

「今、外の分電盤で仲間が控えている。生命維持装置をきりここで旦那を殺すか、俺についてきて旦那をICUにいれるか、選べ」

「ッ…どうしてそれを…!」

「とうの昔に小田原が吐いた。いくら御託を並べようが、俺にはお見通しだ」

 

マレイドの横を素通りし、ウルフは松島の顔に煙を吹きかけた。彼の体格に、ついに松島は目に恐怖の色をにじませた。

 

「所詮、未亡人だな。」

 

スカートをたくし上げようとすると、パッカーがうしろから義足を吹き飛ばした。悲鳴をあげて地面に崩れ落ちると、もう片方の義足も弾け飛んだ。漆の美しい光沢が光り、散らばっていく。破片を拾い上げ、表面をじっと覗く。

突然キレた舎弟ががむしゃらになってウルフに飛びかかろうとした。だが、アカツキがとっさに銃口をあげて撃ったのが当たり、息絶えた。

 

「降伏する!!!!」

 

松島は叫んだ。すると、マレイドは横に寄り添うように抱き、ウルフを見上げた。全員は驚愕した。そっと銃口をさわり、下へ下ろさせると、涙をながして肩を抱く。

 

 

 

こうして、全ての戦いが収束した。

 

 

 

 

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 KSA、73区工場。製造工場は、立ち退きが行われるとして全面休業した。デフトーンズの雇った民兵に攻撃される可能性もあるため、避難させている。

がらんとした屋内に、タオはコーヒーを飲みながら状況をチェックしていた。ウルフ達に渡したゴーグルやデバイスは、随時送信されている。会話内容もしっかり耳にしている中、松島が降伏したのをみて、安心したように笑った。

フユコがドアをあけると、一足先にカイルが男を連れてやってきた。ボコボコにされて無残な顔になったカートマンが、虫の息で佇んでいる。

 

「ゔうー…ブフー…ヴー…」

「話し合いもなしに推し進めようとするのは非常に困りますよ、ダニエル・カートマン部長。」

「す…すまなかった…」

「カタリナをコーネリアより格下だと思って、傍若無人に振舞うのはよして欲しいものですな。はたまた、それがコーネリア人の作法ですかね?」

「先手を打ったのはヤクザを雇った貴様らの方だろうがオラァ!いつお前らKSAに攻撃したっていうんだ!」

「70区を支えているのは我々KSAです。その土地、文化、人々を享受する限り、破壊する異分子から守らなくてはなりませんのでね。」

 

勝手な地上げを行い、不当退去を推し進めてきたのはデフトーンズだった。労働力と埋蔵資源、生産力すべてをカバーしているので、実質KSAが所有しているも同然と考えているらしかった。

 

「あまり強欲なことは言いたくないが、…あの土地、住んでる人々、治安維持部隊、埋蔵資源、そのすべては…我々KSAの物だ。人民を敬い、対等な取引で開拓したその歴史を、貴様ら蛮族企業に侵されてたまるものか」

 

細くつりあがった切れ長の目を見開き、カートマンを睨みつける。警戒心を与えない四角いメガネの底からは、果てしない百戦錬磨の気風を漂わせた。ウルフと対等に渡り合えるこの男は、一体何者なのだろうか。

 

「ヤクザのクズどもがァ…」

「えぇ、それは認めます。ひどい扱いをしたとは思いませんかな?しかも、ひどく舐めた真似をしたそうで。今やヤクザは企業に頭下げる存在でしかありませんが、奴らは気性が本当に荒い。気をつけないと本当に痛い目を見ますよ。もうお分かりでしょうが」

「目的はなんだ…もう…手を引くぞ…!」

「和平案ですよ。よろしければ、ぜひあなた方の企業と提携したいのですが…。そうですね、資料をお持ち帰りいただいて、後日我が社の社長ともお話をできればとおもいますよ」

 

タオが手をひらひらすると、カイルが頷いて笑いをこらえながら奴に近寄る。フユコは汚物を見るような目をしたあと顔を隠した。カートマンはカイルにズボンを引き摺り下ろされ、ついに吹き出して笑いが止まらなくなっていた。

 

「ご安心ください、KSAはスターウルフとは違います。あなたは生きて帰れますよ。」

「や…やめろ…!なにをする…!やめろ!!」

「帰りの飛行機もご用意いたしましたので、無事にお送りします。」

 

自尊心を破壊して帰す算段だった。

 

 

 

 

 

 

 翌日。昼飯をご馳走するといって、高層ホテルレストランにスターウルフとサタイアは招かれた。汚い服を着てくるべからずと釘を刺され、急いでその辺で買った服を着込み出席した。

入り口ではフユコと社員達が出迎え、大きな丸テーブルの席に案内される。タオが立ち上がり、明るい笑顔でうれしそうに労ってくれた。

 

「やあやあサタイアの諸君!本当に素晴らしい働きをしてくれたものだね。アカツキくん、カイルくん、レイくん、君たちの故郷もしっかり守られたぞ。まさに英雄だ!」

 

調子よく肩を叩いてくれるタオは印象がよかった。ウルフ達はもう一つのテーブルでパッカー達としゃべっており、先に酒を飲んでいる風だった。サタイアは着席する。アカツキはふと、ウルフ達の席が余っているのに気がついた。

 

「なんせ無事でよかったなー。」

 

カイルが呑気に水を飲んでいる。そういえば、とセリヌが思い出して彼を問いただす。

 

「ダニエル・カートマンを始末していたらしいな。」

「あー、うん。タオさんがお咎めしたあと、生きて帰らせたぞ」

「…え…!?」

「おっと!ここからはタオさんとの約束だからさ、秘密な!ブッ!ククククッ」

 

思い出し笑いをしているカイルを前に、メンバーは騒然としていた。あれだけひどい所業をしておきながら、生きて帰すという選択に納得がいかなかったからだ。お咎めの内容を聞くも、カイルは秘密を通し全く口を開かなかった。

 全員揃ったはずだが、タオはまだ始めるつもりはなかったようだ。たまたま目に入ったウルフの動きが止まり、その視線の先に目を移した。タオがニッコリと笑い立ち上がると、歩いて行って二人をテーブルへ案内した。

 

「姉ちゃん…」

 

華やかなワンピースを着込み、化粧を施されたマレイドが、車椅子の松島を押してやってきた。椅子のないウルフ達のテーブルにつけられると、その隣に座った。タオは全員揃ったのを見ると、手を二回叩いて注目を集めた。

 

「いやあ、みなさん。この度は本当にありがとう。報酬はきちんと振り込んだし、テーブルの上の領収書をご確認いただければ幸いだ。」

 

アカツキは手元の封筒をあけると、その桁数の大きさに目を疑った。

 

「ウルフ、君と友人であることを改めて誇りに思うぞ。」

「タオは羽振りがいいからな。」

「そりゃよかった」

 

料理が運ばれてくると、松島とマレイドのところに近づき、説明をした。

 

「五艇会は、我々と組むことになった。平時の護衛は彼女の舎弟に頼むことになる。マレイドちゃんは、松島さんの世話役として働くことにもなった。」

「もう舎弟もいないし壊滅状態じゃねえか。高速艇も残りが少ない」

「兵の確保はもちろんKSAが行うぞ。武器や戦闘機など、残りの面倒は我々が面倒を見る。同じカタリナを支えてきた同士だ。助けあわねばな」

 

松島は本当に複雑そうな顔をして、伏せた視線を変えることはなかった。横に控えるマレイドは不安そうな顔を拭えなかったが、パンサーに質問を飛ばされる。

 

「人質として取られた君が、どうしてこの人をここまでかばう。」

「…わたしは、人質としての価値はなかった。それだけです…」

 

上等な化粧品で輝く瞳から、松島に手厚く保護されていたのが丸分かりだった。若いころから下半身が義体である松島には、到底子供がいるとは思えなかったからだ。なにか複雑な心境があって、マレイドを求めたに違いない。そう確信した。

 

「さ、話も丸く収まって、カタリナにも平和が訪れた。今日は私がおごることにする!好きなだけ食べ、好きなだけ飲んでくれたまえ!」

 

不穏な空気を振り払うように、明るいタオの声が響き渡る。酒をもちあげると、波及するように全員の腕が上がり、席を立つ。乾杯の音頭を取り、久しぶりの大仕事に歓声をあげた。

 

「乾杯!」

 

ワンテンポ遅れ、「乾杯」と全員で繰り返すと、祝杯を一気に飲み干した。

彼らの世界では通常ありえないような贅沢のしかただ。これからも、KSAはスターウルフとの協力関係を続けることだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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EYES WIDE SHUT/エピローグ

 

 

 

その日の晩、タケルスは夢を見ていた。

 

ーーーこうなること位、承知の上だったんだろう。死ぬ前に何か言うことはあるか?

頬まで刺青の入った、赤い毛の凶暴そうな男が、年を食ったウルフの額に拳銃を突きつけている。

ーーー当たり前だ。俺だってそうやっていくつも腐肉を喰らってきた。ここは力の世界においては…その椅子取りゲームのルールは、何も間違っちゃいねえ。

ーーーそれでこそウルフだ。あばよジジイ。

ーーーこうなるだろうと思ってた。お前は俺に似てるからな。

赤毛の男はけだるそうに目を細め、タバコをとって煙りを吹かす。踏んで消すと、大きな手をポケットの中にしまった。

ーーー猜疑心が出発地点。あとは殺して殺して殺しまくる。無責任に屍体を増やしまくって、燃やし、力ばかりを伸ばしていく。頭はだんだん空っぽになり、倫理のリの字も忘れちまう。

ーーーそれが俺の生きるための答えだ。間違っちゃいねえ。殺すために考え、暇をつぶすために儲ける。自分より強い相手を楽しみのためにつぶす人生だ

ーーーそうして無駄なものをそぎ落としてきたせいで、お前は最強最低最悪のクソ野郎になった。腕と頭の力だけで支配した世界は、情なんてものは存在しねえ。よかったなアカツキ、お前が作った世界は、完璧な合理性で成り立ってるぜ。

 

その末恐ろしいアカツキの瞳に、背筋に悪寒が走り飛び起きた。これが変わり果てた親友の終着点であることも。

 

なにかの拍子に、未来が変わってしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

EYES WIDE SHUT/4

      暗礁に乗り上げた船

 

 

 

三人は狭い航空艇の中、ぎっしりと押し詰められていた。手錠をかけられ、1畳ほどしかない足場の中、アカツキとカイル、ラナが息を潜めている。

暗闇の中、ラナの目が光る。明るい紫の瞳がぱちぱちと動き回って気に触る。薄くなる空気、アカツキの放熱でかなり不快な状況である。汗をかくカイルは髪の毛が首のあたりにひっつくのを振り払うと、ついに声を発した。

 

「あぁ、どうするよ」

 

高速艇にはいって1時間。フードを脱ぎ、髪の毛を一つにまとめる。肘がアカツキの顔やラナの肩にごつごつあたる。ため息をつくと、不満をぱっと口にした。

 

「まずは切れ、その暑苦しい髪」

「やだもんポリシーだし。お前があっちいんだよ」

「んだとこら。あとラナ、お前は目とじてろ」

「目は関係ないだろ。なんでだ」

「猫だから瞳がいちいちちらつくんだよ」

 

だんだんとお互いの話す声が大きくなってくる。それに気づいた舎弟がイライラしながら近づいてきて、小窓をぱっと開いた。

 

「オイ静かにしやがれ。今すぐぶっ殺されてえか」

 

光が差し、汗ばむ三人の顔がギロっと睨みつけた。しばらく誰も返事を返すことなく、正面の壁にいたアカツキが小さく「チッ」と舌打ちをすると、舎弟の目の色が変わる瞬間、大きく足が上がった。

とてつもない脚力で鍵と蝶番は破壊され、舎弟ごと扉は遠くに弾け飛んだ。

 

「んだよできるならさっさとやってくれよ」

「うるせえ出ろ」

 

一番体が大きいので奥から押し出される。鼻血を出しながら痛そうに起き上がる男に、強く踏みつけてとどめを刺す。武器を没収された今、ラナは舎弟のズボンを漁り、拳銃を手にした。

合金でできた硬さだけが目玉の銃だ。性能はよくないにしろ、殴るなりの目的にだけなら向いている。アカツキは拳に自信がある。カイルに二人が付いていく形で、ワイヤーをゆっくりとたぐりながら歩を進めていった。

指先にかかるワイヤーが、わずかに張りをみせる。壁に隠れ、様子を伺う。

 

「オイ、今お前触ったろ」

「あぁ?触ってねえよ。気のせいだろ」

「まさか幽霊か?往生際がわるいやっちゃな」

 

気づいてない。急がず、ゆっくりと、二人の首に8の字で透明のワイヤーをかけた。両サイドには他に船員が4人。パイロットが一人配置されている。

開いてあちらに向けていた左手を、何かをつかむようにスナップし握った。

その瞬間、首がパカンとわれ、ぶつかり合うように崩れ落ちた。その瞬間、見切ったラナとアカツキがとびかかり、銃声と撲殺を2人を襲う。

パイロットの方へ向き、艦隊からの離脱を要求する。

 

「今から言うこと聞かないと殺すかんな」

「ひっ…!!た、たのむ…きくから殺さないで…」

「ならまず左へ逸れろ。…そうだ」

 

後ろで殴ったり蹴ったりの音が聞こえる。なかなかの上腕揃いだったらしく、苦戦を強いられている。カイルが渋い顔をして振り返ると、一人の男が銃口を向けハンマーをおろした。

 

「避けろ!!」

 

アカツキが叫ぶ。間一髪で逃れると、照明に弾があたり真っ暗になる。方角が変わりタワーの強い光が差し込んだ。駆けるカイルの背中の向こう、ほんのわずかにワイヤーが光るのを見逃さなかった。

他の船員も次々と出てきたようで、アカツキの腕にも負えない。

 

「そのままワイヤーをだせ!!アカツキは伏せろ!!!」

 

ラナが叫んで、カイルの背中を横切るように、拳銃を妙な持ち方をしながら突進した。

指に強い張りを感じるとともに、思い切り引っ張るラナの後ろ、鮮血が飛び交った。

 

「・・・・!!!」

 

カイルでさえ理解のできなかった行動だ。銃身にワイヤーを引っ掛け、船員に思い切り絡ませるように走りこんだのだ。

どこにもけがはなかったにしろ、ワイヤーが見えてなければ自身も切れる、かなりハイリスクな発想だった。

 

「なるほど。カイルのワイヤーをこう使うたァな」

「この銃じゃなければできないもんだ。・・・!」

「味方だ」

 

レーダーに反応がある。周辺に7機の戦闘機が取り囲んで、他の機体を襲撃している。すべてが撃墜され、戦闘不能となっていた。スターウルフ・KSAの連合艦隊だろう。

パイロットは「もうおわりだ、おわりだ」と頭を押さえて情けない声をだしていた。

 

「…腰抜けな組長の雲隠れといい、逃げ出した役員共に…お前らおかしいぜ。一体何が起こってやがったんだ、五艇会は」

「うっ…うぅっ…」

 

アカツキが彼を問いただす。姉を人質にとろうが、戦力の差は圧倒的で負けは決まっている。ほとんどが撤退を余儀なくし、これ以上無駄な血を流そうなどということは避けるはずだ。カタリナで他の追随を追随を許さなかったヤクザが、こういった無駄な足掻きや犠牲を払うとも思えないからだ。

このパイロットの弱腰が、全てを語っていた。

 

「・・・会議は中止になった。その前に姐御が呼び出されて…逃げると宣告された。金で黙らせて、俺たちを踏み台にスターウルフをまくつもりだった…」

「なんでそれを呑んだ?金ならいくらでもあんだろうが」

「弱みを握られてんだ!どうしようもなかったんだよ!!姐御もこうするしかなかったんだ!」

 

ピクリとアカツキの耳が動く。カタルシスを引き起こしている秘密をついに彼は口にしてしまった。

 

「組長が傾き始めている組を見切って自殺未遂を起こした…今は、姐御が無理に生かしてる…。植物人間だってことを、姉御は隠せと」

「・・・組長一人のことを、そんなに知られたくねえのか。さっさと後継者を捕まえれば済むことを」

「んだとコラァ!!!組長は俺らのっ…俺らの誇りなんだ…!!」

「腹切って責任逃れをするような組長を、お前らは恥と思わねえのか。動かねえオヤジ生かしといても、お前らは勝手に滅びるだけだろ」

「てめえ!!」

 

掴みかかろうとするのをラナが止める。肩を握りこみ、無理やり座らせると、話を続けさせた。

 

アカツキの言うとおりだ。組長が何をしたというんだ」

「・・・コーネリアのマフィアに襲撃された時は、一度は滅びかけた。勝てたとしてもボロボロだった。だが、組長は30年でそれを一から立て直し…運送で俺たちを救い、やがてカタリナを潤わせた。」

「なるほど、…誇りだな」

 

五艇会の威厳も、組長の名前一つでとりもっていたような仮初めのものだったのだ。

悲しいヤクザの正体に、三人は黙りこくってしまった。

 

『高速艇に告ぐ。誘導に従い着陸態勢を整えろ』

「俺だ。アカツキ、ラナ、カイルは無事だ。脱出させてくれ」

『了解。着陸次第パイロットの身柄をおさえろ』

「あぁ。殺すのはやめてやってくれないか」

『治安維持隊に引き渡す。処分は奴らに委ねる。』

 

少なくともこのパイロットは救われる。カタギに戻り、天寿を全うできるのであればそれで十分だった。

高速艇は第1区の摩天楼へと近づき、眠らないネオンの光の中、ポートに着陸した。窓から見下ろすと、KSAの本社倉庫の文字が大きく浮かび上がっている。郊外の運河沿いに大きく聳え立ち、三人はこれからすることに予測がつかなかった。

 真っ暗な夜空の下、湧き上がる大風に体を晒し、下からのライトに照らされた。コンクリートの地上に降り立つと、パイロットを引き渡す。ぐったりとして肩を落とす彼を目を細めて見送ると、ばさばさとスーツをたなびかせながら、タオとウルフ達が歩き寄ってきた。

 

「三人とも、本当にご苦労だった。さぞかし疲れたろうが、残念ながらまだ仕事が残っている。実は、会議は中止になってだな…」

「そのお話は伺ってますよ。あのパイロットから」

「おやアカツキ君、そうだったかね」

「・・・五艇会の腹も、暴いてしまいましたがね」

 

驚いたような顔をみせるタオ。ウルフがタバコを踏み消し、興味を持ったようで歩み寄ってきた。

 

「休憩を4時間つけてある。その間に良く聞かせろ。…その後は、レオン、パンサー、アカツキ、ラナ、カイル。そして二人の応援とともに、強襲部隊を組むことにする。」

「武器は最新鋭のものを使わせてやろう。モニターとして特別にだ。」

「タオについていけ。整ったらレイ、セリヌ、クロル、そしてマレイドの救助へ向かう。」

 

軍隊のいろはなぞ微塵もない三人であったが、タオのこの一言に、胸が躍っていた。

彼らがいつも使っていた武器はなんだろうか。受け継いだ剣、拳、のみおわった瓶、お古の銃やナイフ。何をとっても、武器においては今回ほど素晴らしい機会はなかったのだった。

 

清潔感の漂う屋内、数多くの認証を通され、ついに一番重い扉をタオが開ける。轟音を立てて低速で開く鉄の扉の先、見えたのは図書館のように広がる壁、大量の金網、そしてディスプレイされる大量の銃・ミサイル、ナイフ達であった。

人殺しのためのデパートだ。だが直感的に、その様子が芸術品のような憧憬すらを想起させた。

黒く重い、光る美術館に迷い込んだ。

 

「こっちから左はうちの子会社が作った銃。右からは自社工場でつくったものだ。サタイアの君たちに簡単に説明すると、KSA…カタリナ総合武器商会は、創業は300年前。レーザーと照明を主力にしていたが、40年目から銃を作り始めた。やがて有能な技術者や鍛冶職人たちの助力も経て、今やライラット系一。最近では隣の銀河へ輸出もしている。」

 

軽快に音を立ててタオは歩く。一つ一つ手に取ってみていきたいほどで、彼の足の速さに感動が追いついていなかった。三人はきょろきょろと武器の山を見続け、ため息をついた。

 

「堅苦しい話はやめにしておこうか。さて、スターウルフの三人は良しとして…君たち三人のコーディネートを行うよ。女の子が服を選ぶように、男の子にも武器を選んであげなくてはな。」

 

ここに来るまでに、タオとウルフはかなり話し込んでいたらしかった。かなりスムーズに押し流され、次々と武器を渡される。アカツキには大口径の対戦車ライフル、ラナには、カイルには義手にふさわしい装着型ミニミ機関銃がつけられた。

バリア付きの防弾スーツ、全員の顔は隠し、ゴーグルをセットしろと指示を受ける。暗い場所に移る時、自動的に赤外線暗視に対応できる優れものらしい。

胸にはKSAの文字が刻まれ、雇われの立ち位置が明らかになる。黒の迷彩服に身を包んだお互いを見るのは新鮮だった。

 

「…ラナ、めちゃくちゃ似合うな」

「そうか?お前の方こそ。もともと軍人を志望していただけある」

「ある種セクシーに見えるよな~、あ、ラナの事だぞ。」

 

気の抜けた適当なことを言うのはカイルである。

 

「そんな服着といて緊張感のかけらもねえな」

「何言ってんの。アカツキのことじゃないからな断じて。」

「髪の毛結んでやる。どうせなら一つにまとめた方がいいだろう。」

「マジで?おさげつくってよぉおねえちゃ~ん」

「燃やすぞお前」

 

夜食を渡され、コーヒーを飲んでいる間にウルフたちは打ち合わせに行っていた。清潔なソファに座りくつろいでいるが、今の服のせいで心ゆくまでは休めない。

カイルは青く長い髪をとかされ、紐できつめに縛られる。傷んでいるのか所々切れたり抜けたりすることが多かった。そして、首の後ろにあるものを見つけてしまった。

 

「・・・アカツキ、これ」

「ん、なんだ?文字が書いてあるぞ」

 

カイルは存在に気づいていなかったらしかった。謹製、ORIGINAL0004と読み上げると、カイルは何かしらピンときたようだった。

 

「たしか俺以外にも多分被検体のサイボーグがいたんだ。5年前はまだ実験段階だったが、ほぼ完成系に近かったんだと思う。半身だから記憶喪失になったり、適応に時間がかかったってだけで」

「記憶は戻ったことだし、カイルはサイボーグとしてはもう完成してるわけか」

「そっ。最強のロボットお兄さんだぜ。」

 

それに乗るように、扉の向こうから聞きなれない声が聞こえた。耳が尖ったドーベルマンのサイボーグと、筋骨隆々としたライオン。その間には、デルがおどおどしながら立ち尽くしていた。

 

「お前は半身だが、フルボディの完成系。リスクの少ない選択だったが、全身は人工物だ。」

「こいつは不死身じゃあねぇが、両腕をライフル、レイピアソードに変形でき、足は常人の20倍の跳躍力を持ってる。」

「会いたかったぞ、カイル・ヴォルバード・シグレイド君」

 

ぽかーんと口を開けたまま、手を差し出されるがまま受け答えするカイル。

 

「パッカー・マザライだ。ごめんな、髪を結んでいる間に。」

「俺はレオ・サルビルだ。親分のお気に入りと見て顔見に来たぜ!おっと、嬢ちゃんはしっかり戦闘機で保護したからな!」

 

風の噂では聞いていた二人だった。ウルフの直接的な配下に入っている、サルガッソーでもトップクラスのパイロット達だ。元々アンドルフ軍に居たらしく、かなりの手慣れであることは知っている。…アカツキにとっては、遠回りにも敵役である。

だがもうどうでもよくなっていた。

レオが紹介をするなり、デルが大泣きして3人になきついた。一人だけ危機を免れホテルで隠れていたのが幸いだった。

 

「うああー!こわかったよぉーーー!!みんな平気!?セリヌんは!?レイきゅんはどこ!?」

「残念ながら、捕まって今でも五艇会のところだ。今から私たちが突入する。」

「ふぇぇっ!?そ、そんな…脱出したばっかりで?」

「おいおい、俺たち以外に誰がすると思ってんのさ。デルちゃん?」

「うぅ…あ、お団子のカイルかわいい!」

 

けろっと切り替えをするデルは以外と強い娘だ。安心して肩の力が抜けると、彼女の目には武装した三人の藍の迷彩服がうつった。がらりと変わった屈強な三人に見惚れているようだった。

 

「この中で士官学校出の奴いるって聞いたが、お前のことか?」

「あぁ。アカツキ・グレンディアだ」

「やっぱりな、アカツキ君。体格がいいからそうだとおもったよ。今日はKSAの一員として働くことになるから、ある程度全員が軍事作戦として自覚を持ってもらいたい、とのことだ。」

 

カイルとラナの心中には一抹の不安があった。慣れているのは中等部時代に地上の軍事行動演習を幾度となく行ってきたアカツキだけである。

 

「飯の追加をたのんでこようか。その間、用語解説でもしてやってくれ、アカツキ

「了解した。」

 

レオに言いつけられると、アカツキが向き直った。ペンをだし、書類の裏に用語を書き連ねていった。

 

「通信機を妨害する電波が流れてる可能性もあるから、聞き取りやすくなるように、短縮して分かりやすく言う。行動中は敵部隊をエコー、突入をチャージ、突撃をラッシュという。これだけは覚えてくれ。あとは俺がウルフに飛ばすだけのことだから、知ってるだけでいい。」

 

そしてウルフに任されているのが、レイとセリヌ、クロルの救出だ。もともと軍隊の予科学生だっただけあり、実戦訓練はしっかりと身についていたらしい。だが、あくまでも軍の形式をとるだけで、前線に立ったことはない。最後に頼りになるのはいつもの殺し合いの感覚だ。

 

そして、五艇会本部の敷地内。地下牢の中で三人は息を殺していた。彼らこそ従軍経験もなく、初めての捕虜の体験に心をすり減らしていた。

レイは手錠をみながら、ブルブルと震えている。今でこそ何も喋らないが、「僕は死ぬ」という考えで頭がいっぱいになっていることだろう。木製の檻からオレンジ色の明かりが差し込み、その恐怖がありありと照らし出されていた。

クロルも目をしきりに泳がせ、混乱している。いくら図太い彼女とはいえ、まだ17歳の少女だ。

 

ーーー落ち着け…まずこの状況から僕たちの力で脱出ができるか…?

 

レイとクロルはデバイスを取りあげられた。セリヌは腕に埋め込み式の小型のものをつかっており、ホログラムでデータの送受信ができる。しかし光る瞬間があるため、真っ暗な檻の中では外にたむろしている舎弟に気付かれる。

 

ーーー舎弟の数は5人。ライフル二丁、木刀、刀で武装している。非力な僕らでどうにかこいつらを打破できないものか…!

 

時間はある。この二人が落ち着くまで、それまでは何もできない。

慰めは不要だ。サタイアに入った以上、こういう状況には慣れてもらわなければならないはず。セリヌは最年長の自覚を持ち、この中でいち早く冷静さを取り戻す必要があった。

拘束具は手錠のみ。所持品なし、地面は土。木造の腐食した牢、地下1階。カビ臭さが染み付いているし、どれかをセリヌが体当たりすれば牢は壊せるレベルだろう。

 

ーーーあれは…

 

物置も兼ねているのか、雑多に物が積み重なっている部分がある。消火器が手を伸ばせば届きそうなところに放置されている。いずれも、埃をかぶっており古い。

監視をじっとみて、彼らの意識がよそへ行くのを待つ。不思議と、彼らは非常に真面目で、パイプ椅子に座っておきながらも無駄話ひとつしない。

 だが、まてばいつかそのタイミングがあるはずだ。数分後、誰かが飛び込んできて、低い声で「きたぞ」と合図すると、不穏な空気が漂った。5人がざわつき、規則正しい足音を響かせてばたばたと走り出す。

その瞬間に、クロルの足を蹴り合図をする。

 

「ん…」

 

顎で後ろを見るように促すと、消火器に気づいてくれたようだった。そして、ゆっくりと息を吐くと意を決してセリヌは急に立ち上がる。

舎弟がざわつき、武器をぬいてセリヌに近づいた。

 

「檻の向こうで脅すか。」

「んだとテメェ…」

「来るなら来い。」

 

ライフルを持った者が一番強い奴だろう。「このバカを出せ」と命令すると、短刀を持った者が鍵を開けてセリヌにつかみかかる。出口に差し掛かるであろうその時、セリヌは繋がれた両腕を振り上げ、後ろから檻の入り口の壁に頭を叩きつける。

 

「がっ!」

 

振り返ろうとする前に思い切り股間をけりあげると、重い体が覆いかぶさった。ライフルの銃口がこっちに向けられ発泡が始まると、そのまま体当たりして短刀男を盾にしながら押し倒す。

取っ組み合いになると、短刀を力一杯に取り上げ、首と顔を思い切り切りつけた。切り方が悪く、ビシリと天井に血がはじけとび、セリヌの白いシャツと髪も汚された。

木刀で武装したものがセリヌにとびかかろうとすると、檻の中から白い煙を思い切り吐き出した。

 

「レイ!いくぞっ!!」

「う…うんッ!!」

 

手を引っ張り出して脱出する。セリヌがその隙にデバイスを起動させる。

 

『通信ラインオールオープン。こちらセリヌ、レイ、クロルともに無事だ。』

 

起動している全員のデバイスに、セリヌの声が飛び込んできた。あくまでも落ち着いているようだが、会話の合間に銃声が漏れ聞こえてくる。

 

『こちらアカツキ。状況は?』

「地下牢に籠城してる。僕とクロルがライフルで応戦中だ」

『無理をするなよ』

「あぁ。作戦と見取り図の送信を頼んだ。」

 

情報が届くまで、階段の入り口に近寄らせないように銃撃を繰り返す。すると、ここでは聞き萎えない声が耳に飛び込んでくる。

 

『こちらパンサー。パッカー、ラナと作戦行動中だ。送信した地図のB5区画には近ずくな。5秒後にデケェのブチ込むぜ!』

 

B5は今いる廊下の900メートル先だ。パンサーの声は銃声は聞こえず、澄んでよく聞こえていた。ということは。

 

「中に入れ!」

 

クロルの頭をおさえ、階段の下におしだす。その直後、激しい地響きとともに上から大量の埃が吹き込んできた。クロルが衝撃でステンと転ぶと、青ざめた顔でおきあがった。

 

「びっくりしたな!なにやったんだ!?」

ランドマスターだ。パンサーさんがミサイルでも打ち込んだんだろう」

「えぇぇ!!民間の部隊に許可されてるレベルじゃねーだろ!ウルフのジジイやることあらっぽすぎ!!」

「KSAが軍用を横流ししたようだな…!」

 

セリヌが短刀でスーツのジャケットを破くと、クロルとレイに口と鼻を保護するように渡した。

 

『こちらウルフ。G9、クリア。セリヌ、状況を逐一報告しろ』

「了解!南のE13に退避する!」

 

すると、レイが「これだ!」と声を突然あげた。丁寧にもちあげてセリヌに歩み寄る。

 

「これ、10年前の8月に期限が切れてる。中もきっと最悪の状態だ」

「どういうことだ?」

「一番古いのを選んだ。内部気圧があがりまくってるから、銃弾で穴を開ければ爆発する。使うしかない!」

「いい考えだ。よし、進むぞ!」

 

足音が増え、敵の流れがまたこちらへ向けられる。レイが状況を見計らい、消火器をなげて奴らの足元に転がせた。セリヌは慎重にライフルを構え、息を止める。

 

 

 

何かが破裂する音がカイルの耳に届いた。足元は血の海となり、鈍器や刃物をもった連中が一緒くたに殺されていた。

 

「おっさん!爆弾か!?」

「アホ。あんなに小規模な爆弾を持ち込むはずがない。子供のおもちゃか?こちらレオン。」

『了解、ラッシュ!』

 

レオンとカイルのチームだけでここを切り抜けたらしい。ウルフからの応答がくると、レオンはズボンでさっとナイフを拭い、次のドアを蹴った。左腕を変形させ、ミニミ小機関銃で踊り場の敵陣を一掃する。

 

「二階へ急ぐぞ」

「うーっす!」

 

パンサーの爆撃でもう一つの二階へ続く階段は壊されていたらしい。ここに二階に控えていた兵が流れ込んでおり、上から雨のように銃撃が行われる。死角にはいると、カイルが両手を伸ばして指を鳴らす。天井にむかいあやとりが編まれるようにきらりとワイヤーが光り、悲鳴と共にある程度の銃声がやんだ。

二人は地面を蹴り駆け上がり始める。

 

「すっげ…!足はっや…!」

 

サタイアの中でも最も早いラナをはるかに超える速度で駆け上がり、ナイフを振りかざして次々と血祭りに上げる。ちらほらと取り逃がした兵をカイルが援護して打ちのめし、攻撃をさける。

完全無欠な手さばきで首や腹がきりつけられる。

 

「こちらレオン。階段付近クリアだ。」

『了解ッ!こちらパッカー、H6レッド。パンサー、ラナ、チャージ!!』

 

ラナとパンサーが二階に到着し、中へ突入する。パッカーがハシゴを切り、両手の関節部分を短い刃に変形させ、壁に突き刺す。

 

「気をつけろよ、パッカー!」

「おうよ。紳士ならお嬢ちゃん守ってやれな!」

「もちろんだ!」

 

ラナは無言でパッカーにうなづくと、守られる通りもないと言わんばかりに激しく発砲をはじめた。パイロットとガンスリンガーが並べば、撃てない輩はいない。パッカーは外壁をすいすいと登り、窓ガラスを叩き割る。シャッターをガンガンと打ち付けると、中から白い光が差し込まれる。

 

「!」

 

ほんのわずかながら、中でグローバックの音がした。右足で壁を蹴り、体を裏返した。足が離れたその途端、大量の銃弾がシャッターを貫く。そのまま壁ヘリを蹴り、窓の上部に避ける。グレネードの栓を歯で抜き、穴のあいた壁をかかとで蹴って投げ込む。

その爆発音を、ウルフたちの部隊もしっかりと耳にしていた。

 

「パッカー!」

『…女の声…!旦那!』

「あぁ、爆死してねえだろうな?」

『レッドアイで確認した。傷一つねえ。』

 

現在全員がつけているゴーグルは赤外線での透視が可能だ。壁の向こうに潜む敵もすべて察知できる、KSAの優れものだ。マレイドの姿を察知しており、アカツキはふうと肩をなでおろしている。

 

アカツキ、まだ安心する段階じゃねえぞ。これから強行突破すれば首を掻き切られる可能性がある。気をつけろ」

「あぁ…。」

「こちらウルフ。セリヌ、状況は」

『こちらセリヌ、E13から北東の階段でレオン部隊と合流する!』

「地図見る余裕ねえだろ、迷うんじゃねえぞ!」

 

激しい銃撃音も合間合間にセリヌの声をかき消す。予想以上に進行が遅いのを見る限りも、かなり慎重に進めているらしかった。

 

「クロル…レイ、…僕の指揮に従え!」

「了解ぃー…!」

 

弾を入れ替えると、セリヌはレイに合図をした。全身に汗を滲ませ、簡易爆弾を投げた。そして重ねるように、セリヌが照準を合わせる。

 

「さあ…ぶっ殺せ!!」

 

これまでにない真っ直ぐな、射抜くようなブルーグレーの瞳が舎弟の山を射抜いた。

 

「旦那、後ろからけりつけっか?挟み撃ちにするか!?」

「セリヌにはスジがある。前からぶち抜くぞテメエら。」

 

レオがセリヌの動向を見ると、こう提案した。ウルフがマシンガンを肩に担ぎ、歩み出す先には、大量に舎弟たちが転がっていた。

 

「どいつもこいつも…隣で脳みそぶちまけようが誰一人逃げねえ命知らず共だ」

 

ヤクザのような不信感で繋がる集団となると大体が混乱に乗じて逃げることが多い。だが五艇界はどうだろうか。全員が捨て身で突っ込んでくる。今の彼らも同様だ。KSAの最新鋭の防弾チョッキに身を包んだスターウルフたちは、ある程度被弾しても効かない。

ウルフはそれを、くだらない忠誠心と吐き捨てた。

 

『いくぞセリヌ、左だ!!』

 

ウルフの低い声が極限状態になったセリヌの耳腔を貫いた。目を血走らせ、身体中に緊張感をほとばしらせ、迫り来るような衝撃が全身を痺れさせた。

シャツ一枚のジャケットの身のまま、ライフルの引き金をひいた。

 

「うおおおぉぉおおおおおおッッッッ!!!!」

 

血走った目をひんむきながら、恥じていた野蛮な自分の本性をすべてさらけ出した。

そのまま大量に発砲しながら駆け抜け、T字路の左側の壁を背中につけ、視界にはいる対方向の道に大量に発砲した。

怪力自慢の三人が重機関銃を抱え、壁を破壊しながら突き進む。走りながら、驚くべき速さで嵐のように、大量の敵をなぎ倒していく。死にぞこなった舎弟が足首を掴んだ。

 

「あぁ?」

「許さねえ…おまえら…何をした…!」

「コーネリア人らしく、紳士らしく。正面玄関から来てやったぜ。力と合理性。それがとっくの昔から中央集権の常識だ。格式や品位なんて必要ねえ。」

「貴ッ…貴様…は…!」

「KSA、カタリナシンセティックアームズ部隊。…宇宙ではお馴染み、ウルフ・オドネル…スターウルフだ。」

 

提げた拳銃を取り出すと、フルメタルジャケットでとどめを刺した。

 

「E18、クリア。」

「…ウルフさん!レオさん!アカツキ!」

 

レイとクロルを前に突き出すと、セリヌはネクタイを解いて汗をぬぐった。三人の格好を見て驚いたような顔をみせると、アカツキが笑った。

 

「驚いたな…その、本格的すぎて…」

「だろ。今回はKSAの特殊部隊としての任務だ。」

「サイズでけえか?上着だけでもセリヌにやれ」

 

レオにニッとわらいかけられながら、アカツキが振り向いて青ざめた。

 

「え、は?レオさん、なにを?」

「だからよぉ、セリヌにジャケット。分けてやれよ、友達だろ?」

「いや…じゃあ俺はどうなるんだ?」

 

答えることもなく二人はズンズンと進んでいく。ぞっとしたような顔でセリヌに目を向けると、ため息をついて上だけ脱いで渡した。

 

「ははは、臭いなこれ」

「文句言うなら裸で戦え馬鹿野郎」

 

上は黒いタンクトップ一枚になってしまい、左腕の刺青が威嚇するようにあらわになる。見知っていたにしろ、一瞬、セリヌはその厳しさにピクリと反応していた。ウルフが総員に保護したことを伝えると、レオン達がレイとクロルを連れて脱出することが通信として帰ってきた。

 

『こちらレオン、G18地点でランデブー。アベックカイル』

「了解」

 

そして地点に到達し、カイルがレイとクロルを連れて外に脱出を試みた。ウルフが持っていたゴーグルをわたし、敵を察知し次第ワイヤーを解き放つ算段だ。三人を見送ると、いよいよ袋小路になった残りの五艇会の幹部たちが詰まっている二階へ足を運んだ。ここには、先回りしたパンサーとラナがいるはずだ。

 

「パンサー、ラナ、無事か」

『無事だぜ旦那。このネコちゃんもまるで消耗してねえ』

「パッカー、そっちはどうだ」

『脅しまくってるぜ。ボスの部屋爆弾の一つもねえ。景気悪ぃな』

「うまい具合だ。交渉には応じるな。ババアが文句いってくるなら躊躇なら殺せ。」

 

パッカーの腕前を見越しての台詞だったが、アカツキにはマレイドに被弾しないか気が気でならなかった。廊下にでる扉の前、前衛にウルフとレオがつき、赤外線で状況をみた。その向こうから漂う気配から、敵が上等な幹部であることがしみじみわかる。そして、ウルフが命令をだした。

 

「G20、チャージ!」

 

レオが思い切り扉を突き破り、まっすぐに広がる大きな廊下に全員同時に発砲した。一点に集中砲火される中、アカツキとセリヌが被弾する。アカツキは顔を歪ませ、しゃがみこんだ。

 

「撃ちやがれ甘ったれんなクソガキ!!!」

 

声を張り上げるウルフの声に体が動く。アカツキは根性で目を見開き、激しい痛みに目を背けながらもう一度銃口をむけた。やがて作戦通りにウルフに促され、二人でレオンの援護をしながら直接攻撃に躍り出る。

ウルフやレオンに勝てるわけがない。じゃあ何を武器にする。怪力、炎…力では何一つ勝てない。ならば、ーーー何人も恐れぬ若さで勝つしかなかった。

 

アカツキ!!先陣を切れ!!!!!」

 

レオンに叫ばれ、表に出てスーツの男に掴みかかる。そのまま腹部に殴りかかり、肋骨を割らんばかりの力で殴った。他の銃を構えてくるものは皆邪魔することもできず、セリヌやレオの銃弾に一網打尽にされる。ウルフの鋭い鉤爪も動脈を瞬く間に切り捨て、廊下に激しい血しぶきをまきながら次々と殺してゆく。レオンのナイフも寸分違わぬ正確さで息の根を止め、鮮やかに、清潔に始末していった。

見える敵を排除した後、三人が背中合わせに佇んでいる光景に、セリヌは息を飲んだ。

 

彼の中でこれほど感銘を受けた光景を見たことがなかったからだ。

 

 

 

そして、パンサーチームは。

 

「パンサー!アカツキたちだ、パッカーも上で爆撃を繰り返してる!」

「ヒュー、作戦通りだ。ラナちゃん、このまま俺が守って…」

 

突然せり出てくる3人の輩を拳銃で3発確実に当てる。パンサーは少しあっけにとられたような顔をすると、ラナは自前の拳銃をリロードし、渡されたライフルを捨てる。

 

「私はパイロットが羨ましいですよ。」

「へぇー、なんで?」

「私は血も浴びたくないし臭い内臓も嗅ぎたくない。」

「そりゃ火葬するカレシは重宝するわけだ」

「フン、だれがあんなガキを」

「照れちゃってサ」

「興味ない」

 

グローバックの音が二回響き渡ると、二鳥献上をかまえて歩み出す。パンサーも気の抜けた顔で隣につき、額に押し上げていたゴーグルをつけた。細く長い尻尾は相変わらず止まっていた。表向きに楽天的を装っていても、緊張はまだ張りつめたままだった。

 

「こちらラナ、敵を捕捉。パンサー、そっちを頼む」

「りょーおかい」

 

息を合わせると、息を潜めているだろう舎弟がいる部屋に二人は一気に射撃を始めた。ウルフ達、パンサー達が2階を双方向からおいつめる。

 

「…おい、ウルフ…」

「あ?」

「ここまでやる必要ってあんのか?五艇会はデフトーンズの捨て駒だろうが。」

「見せしめだ。タオの野郎はビビリの部長をビビらせてえんだろ」

 

ババババ、と銃声が近づいてくる。アカツキは、この世界の常識をもう一度知ったように胸を、高鳴らせた。ウルフは、見せしめなどという下らない理由のために人を殺す。

力の誇示。それがマフィア、ヤクザの間でどれだけの意味をなすものなのだろうか。

 

もはや金をどれだけもっているかなんて、何の意味もない。

強いものが弱いものを駆逐する。その簡単な恐ろしい世界が、目の前に横たわっているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

EYES WIDE SHUT/3

    誰も知らない爆弾

 

 

 

 

 

 アカツキの実家はそこから少し歩くところだった。自転車に久しぶりに乗り大はしゃぎしている、カイル・デル・クロルをよそに、マレイドはボロボロの手帳のような本を差し出した。

 

「これ、読んでほしいの。」

 

ラナにライトを渡すと、アカツキは無言で手に取りパラパラとめくりはじめた。紐が挟んである部分から読むように促されると、寄ってたかってきて視線を集めた。

 

「これ、なんて読むんだ?漢字だらけだ」

「カタリナの旧字だ。ここでいう古文みてえなもんだ。」

「…マレイドさん、これは誰の手帳だ?」

 

ラナが問うと、彼女は遠い先祖のものだという。表紙をもう一度見回すと、漢字で書いてある名前をアカツキは見つけた。カタリナでいう日本語は、コーネリア出身の者は到底読めない。

 

「ひふせ、かがり…ひこ?」

「え?!」

「マジかよ!ヒブセカガヒコ!?」

 

拙い声で彼が読み上げると、その場にいた全員がざわついた。それもそのはず、誰もが知っているほどの有名人である。震える声で、カイルとセリヌが声を発する。

 

「歴史の授業で習った人じゃねえか…。30点だった俺ですら覚えてるし」

「世界大戦後にA級戦犯に指定された犯罪者。得体の知れない巨大な爆弾を積んで特攻したのか、コーネリア西部基地を単身で爆破させ、一般市民合わせて10万人の死者を出した…」

「んで、そのまま雲隠れしたんだろ?未だその爆弾がなんだったかすら解明できてないって」

「コーネリア軍もそれほどの爆弾を隠し持っている事を予測できず、挙げ句の果てには旧カタリナ軍すら知らぬ存ぜぬを通した。」

 

神風の襲来。悪魔の鉄槌。その当時は様々な解釈をされた、神秘と恐ろしさの混じる衝撃的な事件だったろうと思う。さらには、その膨大なる破壊力の中、ヒブセカガヒコが生存しているという情報が後々に出てきたという。

 

「…!…!」

 

ー1月17日。ついに俺は逃げ切れてしまった。終戦し、結局カタリナはライラット系に併合したが、俺はコーネリア人として生きることに決めた。紅蓮の炎からとったグレンディアを名乗り、髪を染めて植民されてきた輩の中に混じり込み、垢抜けたコーネリア人になりきったら、あっという間に周囲はだまされてしまった。

そして新しく迎えた正月、妻も息子も誰一人疑い無くここまでやってこれてしまった。なんてイージーで運のいい人生なんだろうか。もっとうまくいかないことがあってもいいんじゃないのかと思うくらい、この幸せぶりに罪悪感を感じる。

10万人の死者によって、俺はよくうなされる。きっと地獄に引きずり込まれるだろうから、今はツケにしといてくれ。

 

生活の息遣いすらも聞こえそうな内容に、アカツキの胸はざわついていた。安直で人間臭い字、その後のページに続く葛藤、苦しみ、償い。そこに書かれた「グレンディア」の文字で、自分の不安は最大に至った。

 

「…どこでみつけたんだ、こんな日記…」

「お父さんの遺品整理してるとき。多分、隠してたんじゃないかな…」

 

自分の能力に疑問を持つことはこれまでにもちろんあった。だが、呪われた炎であること、自分が10万人の恨みを背負った炎であることがはっきりとしてしまった。

 

アカツキが…ヒブセカガヒコの子孫…」

「衝撃的だが、確実に受け継いでいることは確かだな」

 

ーーー俺の火力は、何も知らない10万人を焼き殺すこともできる…ーーそう考えたアカツキの脳裏には、何の罪もない人々が地獄のような熱の中、全身焼けただれて苦しむ様子が映った。

被害者たちが、アスファルトの中に沈めた殺し屋たちが、焼き殺したマフィア達が、口を揃えて「恨んでやる」と叫んでいた。

 

「うッ…!」

 

吐き気が急に襲い、道路際の側溝にいき体を折り曲げた。戻すことはなかったが、ラナが心配そうに駆け寄って背中を撫でた。

 

「ラナ…、」

アカツキ、知ってるだろうが…コーネリアではこういう言葉がある。一人殺したら殺人者、1000人殺したら…英雄だと」

「じゃあなんで俺なんだ…!赤い毛をした狼や犬はいくらでもいたはずだ!何で俺が…こんな仕打ちを…」

アカツキ

 

血痕の付いているパーカーの一部ひっぱりあげ、目の前に見せつけた。

 

「素質があったから、今があるに決まってるだろうが。今まで何人殺した」

「・・・っ」

「…もう、今更なことだろ」

 

これからもだ。直接手にかけて殺す頭数はきっと一生を通せばアカツキが上回る。そして手記から思い知ったのは、自分の火力を最大値にもってすれば、一瞬で国を傾ける原爆になれることを。戦いとは関係のない人々を巻き込む事はできるわけがない。

その片鱗を知っている彼にはどれほどのものか身を以て知ることができた。…火に当たらずとも、広がる熱で皮より内臓から焼け焦げることを。

 

「姉貴、この事は…関係あるのか」

「…」

 

きっと、この廃墟にたった一人でいる理由になる。

 

「裏社会の人が触れ回ったらしいの。強いっていうアカツキの噂、火伏篝彦の子孫じゃないのかって。そしたら、治安維持部隊が私のところに来て。…友達は匿ってくれたんだけど、街の生活は長くは続かなかったよ」

「…彼氏か?」

「もう別れそう。仕方ないけど」

 

寂しそうに眉を下げて笑い飛ばすマレイドに、アカツキは胸が痛んだ。自分の存在のせいで、たった一人の家族の足を引っ張っている事実があったのだ。もしもっと早くに生きていたことを知っていたなら、カタリナで二人で生きることもできたはずだ。

何もかも失ったからこそ、好き勝手できた。その後悔が今、彼を襲っていた。

 

「…ごめん、姉ちゃん」

「いいよ、生きててくれて嬉しいよ」

「もう、戻れない。一生苦しめることになる」

「苦しくなんかないよ。心配しないで」

 

今更足を洗うことなんてできっこない。傍らで、ラナは眉間にしわを寄せながら、下を向いて口を結んでいた。いまだに彼女の心の奥底には、悪の道へ引き込んだことへの罪悪感が根強く染み付いていた。

 瓦礫が重なり合う地帯に指しかかり、家らしいものが見つからないことに一同は疑問を覚えていた。遠くには社会の最下層の人間が、ひどい格好をしてしゃがみこんでいる。こちらをじっとみて、静止したまま動かない。

マレイドが瓦礫を見分け、あるところで立ち止まった。手前にはたくさんの花束が添えられ、線香がたてられている。新しい花もいくつかあるのを見る限り、今でも献花にくる人々がいるのだろう。

アカツキは軽く手をあわせると、花をまたいで奥に行った。

 

「…あんたは呪われた炎をもってようが、人の心に火をつけろって言ってた。だが、体もろとも燃やすしか、俺にはもうできねえ」

 

誰かに問いかけるようにつぶやくと、ポケットに手を突っ込み、息を吐いて周りを見渡した。空は青く星空をみせ、服の布ずれの音だけが彼の耳に入った。

勝手知ったる瓦礫であるため、マレイドは足元をみながらすいすいと奥へ入っていった。そして振り向くと、

 

「こっち。」

 

分厚い壁のようなものが枠を囲うように離れてあった。ここはかつてグレンディアが倉庫として使っていた、昔ながらな蔵である。こういった土で出来た構造の倉庫は随所に見られるのが、73区周辺の特徴なのだろう。

線香が匂いをたてながら煙を細くはきつづける。薄暗闇はさらに深くなり、カタリナの夕日は姿を隠した。

 

 

 

ーーーーーー燦星ホテル、ダイニング。

スーツの男が、3人ほど鼻息を荒くして姿を現した。正面に座る豪勢な格好をした女が、気まずい顔をして座っている。食事には一向に手をつけず、じっと目を伏せていた。

豪華なこのホテルには似合わない汚い顔をした男が、真ん中に座り大声で電話をしていた。

 

「ンなにやってんだぁテメーは!帰ったらフィチナに飛ばすぞボケが!反省文5000枚描け!あぁ?俺?カタリナに出張だっつってんだろがアホ!土木業者にアポとったのか?嘘じゃねえだろうな。今すぐ報告書あげろタコが!この後1分以内だ日付日時何秒までみっからな!」

 

イライラした状態で切るのは、スーツを着たハイエナである。ゔーゔーと唸りを上げるように肩で息をし、女に向き直った。

 

「こいつぁ失礼しましたね。今回は頼みますよ、たっぷり報酬もはずみますんでね、えぇ・・・」

「…あの事は、どこにもバラさないでくださいね」

「そんなに大切ですかねえ。事情もあるんでしょう、ここは沽券を保ちたいあなたさんの心中をご察ししますよ。こいつはフェアな取引だ。んで、今夜がXデーというわけになるんでしょ?ハエども、どうにかしてくださいよ。」

「会議は中止に…?あなたたちはどこへ向かわれるのですか?」

「今夜だけ78区に視察へ。工場と住民の違法建築の問題を…」

「そうではありません!我々五艇会を…」

 

遮るようにホログラムで入金伝票を大きく表示する彼の前、ジュラルミンケースはいった大量の現金が乗せられた。

それに動じることもなく、空っぽに返事をする彼女は、夢も希望もなさげだった。電子キセルをおとし、つまらなそうにしばらく話を聞いた後、男は足早に次の取引へと向かった。

 

「・・・全組員に告ぐ。作戦を実行しなさい」

 

デバイスに静かに話しかける彼女の声の底は、震えていた。

崩壊の合図は、コウモリの大きな耳にしかと届いていた。

 

 

 

ーーーーー惑星カタリナ上空39キロ、NS50度。東部自治区、領空。

 

「カタリナの夕飯をくえねーたぁ。中華料理と日本料理の本場なんだろ?」

「どうせ口に合わねえさ。辛いか味がボヤけてるかどっちかだろ」

 

古い戦闘機に、筋骨隆々としたライオンが踏ん反り返っている。それに答えるのは、全身サイボーグ化が済んでいる戦闘員だった。

 

サタイアのガキどもは地上でなかなかやってるみたいだ」

「ただし難しい戦況になったら俺は着陸する係だ。つまり子守だぜ。」

 

イカを口にくわえながらライオンがけだるそうに答える。

KSAのネットサービスを利用し、リアルタイムで戦況が読み取れる。誰が何をやっているか、負傷者、死傷者も常にウォッチできる。当然のことながらKSA側も見ているだろうが、今回の件については利害が一致している。

雇用者が把握すべきとも言えるだろう。

 

「親分は今回、タオにふっかける気だしな。死傷者がでたらきっちりと払えと。」

「勝手についてってるのは俺らなのになあ、太っ腹になったな」

「何言ってんだ儲けるのは親分のほうだぞ。せいぜい死なねえようにってこった」

 

サイボーグが突然黙り込んだ。「どうした?」とライオンが聞くと、「レーダーだ」と一言返した。

艦載機に回線をオープンにし、仲間に知らせる。そしてサイボーグの方は、個人的なデバイスを通じてスターウルフらの三人に連絡を試みる。

 

『なんだ、パッカー』

 

ウルフ達はスーツを着込み、忙しい中央駅のエントランスでコーヒーを飲んでいた。

宙域から低めの声でサイボーグが話す。

 

「親分、偵察機で行動中だが、妙な艦隊を発見した。骨組みだけのようにも見える巨大母艦が3つ。」

『五艇会だ。現時点で敵戦力の解析はできるか。』

「今現在は難しいだろう。後衛の艦載機に戻りダイブするべきか?」

クラッキング逆探知の可能性がある。攻めで行け。前衛にジャミングの付いた駆逐艦をつけろ。レオとお前らは好きに戦え』

「了解。」

 

艦載機方面から威勢のいい声があがるのを感じ取った。ゴリラのようにライオンが胸を叩くと、さらに士気があがっていった。ぶっ殺せ、ぶっ殺せ、と柄の悪い声ももれでてくる。

 ウルフはデバイスをオフにし、タバコをけした。

オレンジ色のシャンデリアのした、三人はついに待ち望んだ彼が来るのを見届けた。黒い安っぽいコートを身にまとい、目深に帽子をかぶって女を連れていた。席に金を置いて立ち上がり、彼を出迎えた。

 

「約束通り来てくれたようだな、ウルフ」

「もちろんだ。金は」

「手形を作るさ。」

 

レオンは女の方をジロジロと見ていたが、お辞儀をされて返された。

 

「お子様とはいかがお過ごしですか?もぉ、みたところご結婚もされてないように見えましたがね?」

「フン」

 

フユコは瞳孔の開ききった目でくすくすと笑っていた。クロルを連れていく程度では彼女の目はごまかせない、といったところだろう。女らしい牽制の仕方だった。

 

「フユコさんとタオさんはどういうご関係なんですかねぇ。愛人なんじゃないの」

「とんでもございません。私、実は男ですので」

 

空気を作る必要はもうすでにない。適当にパンサーがからかうと、一瞬シーンと静まり返って、喧騒の音だけが5人の間に流れていた。

 

「はっはっは!待ちの間じゅう、そんな面白い話がたくさんできるだろう?なあ、フユコ」

「そうですわね!オドネル様、ポワルスキー様、カルロッソ様!美しい娘のおります素敵な場所をご用意しましたので、会議のお時間までぜひご堪能下さいねっ!」

 

チケットとなる嬢の名刺を渡される。綺麗好きじゃなければやらない、地下での女遊びに連れていくようだった。地元民が身を隠すのにはうってつけの紹介制のバーらしかった。

それも、ショーダンサーを連れて帰れる。

 

「まったく、君が若い娘と寝たいだけなんじゃないのかね?」

「いや~ん!年齢層も広いし、きっとスターウルフのお三方も満足されますわ!」

「すまないなウルフ。彼女は性転換した女だが、レズビアンなんだ。もちろん男がメインの客層だぞ」

 

パンサーが小声でウルフに告げ口すると、大口を開けて笑いだした。

 

「なら立派なサオはまだ付いてるわけか。おもしれえ。協力してやる」

「うれしいお言葉を。でも、わたくしとねれると思わないでくださいね?」

「てめーより車とヤる方がマシだ」

 

女が混じっている事に疑問を持っていた三人はぐっと戦いやすくなったことだろう。「ラナ位のキチガイじゃねえと護る義務が発生する」と口々にしていたゆえに、多少の差があるのだ。

しかも、相手専務のマネージャー。死ねばこちらの責任だ。そして、安いタクシーで駅を離れる。

 

パンサーが後ろに何かつけているのを見つけた。サイドミラーからナンバーを照合すると、盗難車と一致する。地元の傭兵に間違いない。が、呑気に鼻歌をうたいながら運転するフユコはそれに気づいていなかった。

 

「オイオイ、なにやってんだカマ野郎。もうちょっと注意払えよ・・・」

「男だとわかった途端態度変わっちゃうのねぇ、もっとくどいてよぉ。なんのためにイケメン雇ったって思うのよぅ」

「だってさ、旦那」

「あぁ、なら窓にでも座っとけ。」

 

いやん!とわざとらしい声をさせてどかせると、無理やり助手席から運転席にうつる。大きいライフルを持たせ、ウルフはハンドルを握った。

 

窓から顔をだすフユコ。常に薄笑いを浮かべながらも、あしをかけて後ろに照準を合わせた。後部座席でレオンとパンサーも銃をもって動き出す。

レオンが「報酬から引いておけ」といい、リアガラスをハンマーで思い切り叩き割る。一気に飛び散る中、タオは恐れることなくすっと頭をさげてデバイスをのぞきこんでいた。

一斉に射撃がはじまり、何台もつけていた車のタイヤに次々と撃ち込んでいく。パンサーが戦闘員を撃破し、レオンが的確に車の急所を狙う。

次々と破壊され、ふさがる車線、爆発炎上の嵐。第3地区は混乱が始まっていた。

 

 

 

 

ーーーーー

 

「じゃあ。」

 

両親の墓を見届けた後、アカツキはそっけなく背中をむけた。マレイドは惜しむように目をうるうるさせて、彼がミニバンに乗り込むのを見届けた。最後に、乗りこもうとして銃を膝に乗せるラナに声をかけた。

 

「あの、ラナさん…みんなは、これからどこにいくの?」

「それは話せない。」

「怪我したりしないよね?」

「保証はできないが、信じてほしい。」

 

本当に心配性な娘だった。まだ出会って数時間だというのに、ここにいるサタイア全てのメンバーの命を案じていた。

 

「もう独りじゃない。また会いに来る。」

 

自分の心配に押しつぶされそうになっていたマレイドは、また涙をぽろりと落としてしまった。ラナの後ろで変な顔をするカイルとクロルをみて、くすっと笑う。

パーティに行くような雰囲気を醸し出して、全員は安心させようとした。デルが最後に笑顔でのりだして大きく手を振り、別れを告げた。スライドドアを閉め、小さくなっていく彼女にみんなは手を振る。

見えなくなるまで見届けた。

 

やがてマレイドの姿が見えなくなったあたりで、全員は一気に鎮まった。

全員の和やかなムードが消え去り、殺気が漂い始めたあたりに、セリヌが声色をかえてスターウルフの戦況を伝える。

 

「宇宙部隊の戦闘が始まってる。同時に、第3区でウルフさん達が奇襲に応戦中。善戦だ。73区で息を潜めていたおかげで、相手がこちらの動きを見失ったようだ。…このチャンスを逃すんじゃないぞ。」

 

レイが運転をしながら武器装備について説明を加える。まず後ろを指差し、バンの後ろにつまれた荷物を確認するように指示する。クロルがスポーツ用バッグを開けると、バラバラになったライフルが確認される。中身をみて全部揃っているのを見た。

 

アカツキとカイル、ラナさんはいつも通りの襲撃を。セリヌとクロルは今回スナイパー役で、手前のホテルで降ろす。デルは指示担当だから、客室にセリヌのパソコンを持って行ってくれ。」

「りょうかーい。」

 

気の抜けた返事でデルがにやつきながら返事をする。住宅街も少なくなり、川を越えたあたりで遠くにビル群がすぐにみえだした。コーネリアとは一味違う、ネオンを帯びた矮小かつ雑多な摩天楼がひろがっている。

窓を開けて、カイルとアカツキが空を見上げる。

 

「見ろ。」

 

カイルが言うと、一斉に全員は窓に固まった。わずかに見える光の軌道、散り散りに光る小さな光に、五艇会とKSAが戦っているのを間も無く察知した。戦闘機も上空に現れており、カタリナに駐留している軍にも動きがばれているらしかった。

五艇会ならびにデフトーン地所側は、こちらの動きを読めていないはず。GPSはすでにきってあるし、サタイアのメンバーはウルフに”口頭のみ”でしか所在を明らかにしないルールになっているからだ。

ホテルにつこうが誰もつけてくることはない。ターゲットがいる燦星ホテルに対し、滞在する部屋の正面にあるビジネスホテルに、セリヌとクロル、デルが下りた。

 

「じゃ、行ってくる。余裕を持ったが、19時29分、ターゲットを窓際にだすようにしてくれ。1分2分の誤差は構わない。僕らは待機をするよ。」

 

三人の姿を見届けると、アカツキ、ラナ、カイルは防弾チョッキを服の内側に着込んだ。レイは目深に帽子をかぶり、拳銃に弾を込めサイレンサーを取り付ける。懐にしまい、車を地下駐車場へとめた。

アカツキがナンバープレートに手を押し付け、ぐっとにぎりこむ。すると、熱でインクの色が変色して、全く違うナンバーへ変貌した。ーーーサルガッソーの別のチームが考えたアイデアだった。

 

コンクリートが延々と続く地下から別れる。レイはピッキングで管理室へ向かう鍵をこじあけ、戦闘員三人と別れた。地上から、非常口の三階へ。エレベーターの前には護衛が常に張っているから注意しろ、とデルからの忠告がはっせられる。

 

『侵入には従業員用エレベーターを使って。レイきゅん、管理室から使用不可扱いにできる?・・・あ、ラッキー。丁度今、ターゲットがご飯に向かったみたい。護衛もついてったけど、部屋で張ってた人は各部屋に散っていったよ。』

「気を抜いたな。従業員用使う必要あるか?」

『監視カメラからはまだ一階と18階は張ってるよ。うまいことホールにいる4人、できないかな?』

「静かにやってやるか。」

 

居眠りする守衛を素通りし、鉄の扉でできた勝手口を入る。キッチンが奥にある廊下を抜け、ビールのプラ箱が並ぶ間を通り抜ける。眼の前に立った瞬間、使用不可と表示されるエレベーターが動作を再開する。

高速型だった。埃臭い箱はあっという間に上がり、18階に到着する。

 そこ張っていたガードたちは、何かよく分からない透明な紐のようなもの引っ張られ、三人の男女が入り込むエレベーターの室内に引きずり込まれる。四人の男は、その状況にパニックに陥っていただろう。男二人が目を光らせ獲物を見つけたような獣の目をしており、次には、女が”閉じる”のボタンを押した。

 

 

 

カタリナ東部上空は、完全な戦闘宙域へと変貌していた。

相手の3艇の巨大母艦は、何本もホーミングミサイルを撃ち込んでくる。夜空に大きな軌道を描き、戦闘機を追いかけるが、味方艦載機からのジャミングが働きローリングで回避を続ける。

ロックオンを試み、燃料コアの部分に狙いを定める。

 

『パッカー、俺らは散開して急所にピンを刺すぞ!南部隊は140度の艦隊を撃滅しろ!」

『了解!』

 

レオが発射口付近へ差し迫る。ブーストとローリングで敵戦闘機の射撃をはじき、的確にレーザーをくぐる。さらにシステムを起動し、眼前には大きく座標固定用の画面が表示される。

母艦下へ潜り、両側に散って燃料タンク周辺と、ミサイル発射口に狙いをさだめる。

 

『座標ロック!!』

ポインティング成功!てめえら、一斉にタマブチ込め!!!」

 

レオが叫び、搭載された二人はくぐり抜けた。相手も慌てだしたのか、次々とホーミングミサイルをはなつ。レーザーがロックオンされたとき、二人は大きく宙を旋回し、ローリングして弾道を外をいこうとした。

 

「残り二艇…」

 

すぐ後ろに差し迫る20本のミサイルを抱えたパッカーが、横で旋回していた大量の戦闘機の間をローリングで潜り抜ける。何台かの敵戦闘機にぶつかり、背後で次々と爆発する。

相手レーザーが止んだ時、後ろに残っているのは8本。ひとつのふるいの目をくぐり抜けた後だろうが、性能のいいミサイルが追いつく。

ブーストから、無理な飛行へ移る。すぐ目の前に壁が迫った時、パッカーは宙返りをした。

 

こすった振動を全身でかんじながら、母艦へ腹で体当たりする形になる。

下では追いつけなかったミサイルが次々と着弾し、砲口上部にに大穴をあけた。

 

「Fuckin’ A!!」

 

冷静を極めていたパッカーが唾をとばしながら、中指を立てて叫んだ。味方方面も大きく湧き、かなりの威嚇になったことだろう。相手たりともヤクザである。怒り狂う船員が暴言を吐き、宇宙には汚い言葉が飛び交っていた。

残りあれども、戦況は大きく山場を迎えていた。

 

地上では。

住宅地へ抜けると、入り組んだ細い路を駆使し敵車両をさらに巻こうとする。次々と加勢するあたり、追いかけるように待ち伏せされているに違いなかった。

タイヤを鳴らしながらカーブをし、激しく揺れ動く車内で銃撃戦を続けていた。

 

「旦那!ボンネットに被弾した!」

「かまうな!!撃ち続けろ!!!」

 

補充のなくなった銃を足元に捨てると、レオンが次に大口径のものを取り出す。タオが「おぉ、新型だね」と平然と口にすると、レオンは腰に巻いていた革鞄から手のひらほどの弾を装填する。

レオンの細身の体が車体左からぬっとでていき、窓際に座った。グレネードランチャーの砲身がゆっくりと上がる。

コーネリアの最新車はすでにタイヤがないが、カタリナの旧式車はダイレクトに衝撃が通じる。動揺度もかなり大きく、使い勝手の悪い車だ。

 

「・・・レオン、いったれ」

「あぁ」

 

冷徹な声が響き渡ると、もう銃にさらされることもないと確信したタオが、しっかり見届けようと上体をおこした。空を覆い隠す様に広がるいかがわしい店の看板、ネオン、汚らしい喧騒。

 

「私はああいった下品なものが嫌いだ」

 

ゴッ、という音でランチャーから放たれると、ぶつかりまるで雪崩のように車へ襲いかかった。電気の激しいショートとガラスの割れる音、きわめつけに爆発炎上が騒々しい街を襲った。

パンサーが汗を拭い「ふう」と安堵していた。戦闘機は脱出こそすれば命は助かるが、銃撃戦は彼にとって慣れないものらしかった。座席にへたりこみ、銃をすてた。

ウルフは部下に連絡し新しい車を用意させる。もう追ってくる輩もおらず、安全と判断したからであろう。

肝心のKSAの二人は、満足そうにニヤニヤと笑っていた。

 

「ククク、はっはっは・・・カートマンの野郎、最高に面白い…」

「あ?何独り言いってんだ」

「誠に遺憾ながら、急用の為会議を見送らせていただきます…と。思った通りだ。デフトーンズの野郎どもは、私を本気で殺す気だ。」

 

「だろうな」とウルフは一言返すが、尚腹を抱えてタオは笑っている。体を向き直し、リラックスした様子で穴の空いたシートにどかりと座り直す。

 

「ははは・・・はぁ、全く、上等上等。ゴミにはゴミらしい最後にしてやらねばな」

 

 

だが確実に、上手くいっていた。

 

 

燦星ホテルの従業員エレベーターが、4、3、2…と降りてゆく。一回で待っていた清掃員が、開くドアの向こうが血の海になっているのをみて絶叫した。

女がハイヒールを鳴らしながら客室1803号室のドアをあけた。少なくとも、ガードがはずしていて静まり返ってる点で、”彼女”は異変を感じ取っていた。

 

血と銃痕がそこかしこにはじけとぶ部屋、サタイアの三人はのんびりとソファに座り待ち伏せしていた。風呂場の扉が開いており、そこに全員をまとめるように、バスタブに山積みになっていた。

味方を呼ぼうとするも、管理室を支配するレイによって錠がかけられる。

 

「松島サソリ、あんたはここでおわりだ。だが、デフトーンズの役員2人と組長の場所を吐くまでは命はもたせてやる」

 

アカツキが牽制しながら立ち上がる。付き人が銃口をむけるも、松島は手をすっとあげて止めさせた。

 

「残念ながら役員共はこないよ。失せな、この腐れコーネリア人めが。」

「俺はカタリナ人だ。ここまで差別的な同郷人を見ると恥ずかしい」

「随分達者なお口だね。チャックするの、教わんなかったかい?」

「恩義を重んじるヤクザが、散々甘い汁すすってきたカタリナを潰すなんてな。」

 

松島は目を思い切り開き、口を一文字に結んで顔を下に向けた。ほかの組員達の様子もおかしい。アカツキのこの一言でぐらついているのだ。彼女は震える声で憎しみを言い放った。

 

「そりゃわからないでしょうねぇ。…なあに、食物連鎖の頂点がなり変わっただけよ。生き残るにゃこれしかないのさ。」

「ほう、上澄みだけすすってあとは用無しか。極道だなんだとかプライドがあったくせに、随分堕ちたもんだな。」

「とっくに堕ちてるさ…あんたらが生まれるーーーずっと前からなァ!!」

 

突如変貌し、着物をたくし上げて彼女は黒光りする足をみせた。ガチャガチャと大きく音をたて、その先には銃がついていた。太ももに刺さるように並んだ弾の数を見るに、これはマシンガン。

三人は頭を下げ一斉に回避体制に移る。ソファや壁の向こうに潜り込み、攻撃を妨げる。

向かいのホテルで待機しているセリヌとクロルが異変に気付き、ローブを被ってサイトを覗く。

 

「すげえー…総漆塗りでマシンガンもついた義足だぞ。殺したら持って帰ってもらおうぜ、セリヌ」

「傷つけたら値打ちも下がるぞ。」

 

と言った矢先に、カイルが放つワイヤーに絡みとられ発砲をキャンセルさせられる。敵ボディガードも加わり、またしても銃撃戦へと持ち込まれた。アカツキがカーテンを燃やしながら煙で目くらましをつづけ、組員を殴りつける。ナイフを思い切り投げ、次にラナがワルサーで発砲をしながら宙を飛び回る。

クロルは松島だけでも先に殺そうとし、狙いをつける。と、遠くこちらにいるはずのクロルと松島が、目が合ってしまったのだ。

 クロルは一生で感じたことのない血の気の引き方を感じた。引き金を引く瞬間、正体不明の高速艇が守るように目の前を通過した。真っ黒な風とともに現れ、セリヌとクロルの周りに大量のレーザーの雨を降らせた。

松島は高笑いをし、圧巻されるサタイアにとあるものを投げつけた。

 

「アーッハッハッハッハッハッハ!!!ねえ・・・これ、なにかわかるかしら。」

 

柔らかく軽く落ちる、オレンジ色の束のようなもの。

ーーー髪の毛だった。

 

「戦争あったじゃないの。私も防衛軍に居たんだけど、その時…本当に男らには好きにされたもんだったねぇ」

 

絶句する一同に、つらつらと語り始める松島。

帯をほどき、着物を一枚脱いだ。そして、下に履いていたワンピースをゆっくりとたくし上げる。

 

「その子もきっと今頃、こうしちゃいたい気持ちよ」

 

骨盤からつま先まで、すべてが漆で塗られていた。腹のすぐ下のあたり、子宮の付近に螺鈿で書かれたサソリが眠っていた。

アカツキは武器を床に落とした。怒りに震える彼は言葉すらでてこず、ラナが代弁するように、松島を睨む。

 

「・・・マレイドをどこにやった。」

「秘密。」

「おまえは・・・関係のない奴の人生を巻き込んでいいと思って言うのか」

「それが人の性じゃないのよ」

 

人生を巻きこむ。ラナの言葉と松島の言葉さえもが、アカツキには重くのしかかってきた。取り押さえられ壁に伏せる三人を見たときには、セリヌとクロルも捕まっていた。

デルは口に両手を当てて、急変した状況に追いつけずにいた。ノイズも大量に入り込み、制御していたはずのレイの声も聞こえない。

 

「っ・・・・!」

 

扉の向こうには、大量の足音が聞こえる。デルはパソコンを閉じて慌て始めた。どこかいい隠れ場所はないか、動転する気持ちの中できるだけ見回していた。

 

「どこっ・・・どこににげれば・・・あっ・・!!ーー上っ・・・!!」

 

クローゼットの上、高さ50センチほどの小さな押入れがあった。パソコンを投げ入れた後、ベッドに飛び乗り、大きくジャンプをしてつかまる。勢いよく閉じたその瞬間、大量の組員が押し入ってきた。威勢良い声をあげながら怒鳴り立てている。ひどく狭い押入れの中に横になり、ひたすら見つからないことを祈って息を殺していた。

 

ーーー・・・どうしようどうしよう・・・みんな捕まっちゃった…。こんなこと初めてだよ・・・!

 

5分ほどすると、下が一気に鎮まった。人が消え去り、気づかれずに済んだのだ。隙間を開けて確認した後、パソコンをあけてスターウルフに連絡を試みる。

 

『あぁデルちゃん、どうした?』

「パンサーさんっ・・・!どうしよう、みんな五艇会につかまっちゃった・・・」

『まじかよっ・・・!旦那!!』

 

デバイスにいろいろぶつかり、ノイズが入る。パンサーがウルフにつなげると、こうそっけなく返された。

 

『この後は俺らと合流しろ。帰還するパッカーとレオをそっちに向かわせる。』

「みんなはどうなるんですか・・・・?」

『あいつらはどうにか脱出するだろう。少なくとも中枢戦闘員3人は12時までに暴れてでてくる。そのあとは、KSAにいって強襲部隊を編成する。』

「はぃ・・・・。」

『・・・。松島は殺しはしめえ。こちらを拷問にかける理由がない。』

「ほ、ほんとですか!」

『ったく…切るぞ。部屋で待ってろ』

 

面倒臭そうにウルフに切られると、デルは先行きに安堵した。床に降り、ベッドに寝転んで悩ましげにパソコンをみた。

全員のデバイスへのアクセスがシャットアウトされていた。

 

 

 

 

 

 

 

EYES WIDE SHUT/2

    薬莢を拾う青年

 

 

 タケルスは、訓練で地中海上空を飛んでいる真っ最中、ふと一人暮らししている自分の隣には、誰もいないことに疑問を持った。男だらけの軍隊にいて、訓練がおわり非番になれば家に帰る。目立った戦闘もなく、日々のローテーションはサラリーマンのそれと一緒だった。

入隊してからというものの、アンドルフの事件直後いまだ4年ばかり。コーネリアどころかライラット系は平穏を極めており、復興に希望を見出し、人々は目を輝かせていた。

 

「ラナ・ラム・・・か」

 

刺激を求めてかつての友人の消息を辿っていると、ある女が彼にぴったりとくっついていることがわかった。切れたナイフのような、危なっかしげなあの顔を思い出す。

隊形を組んだまま平行線をたどっているので、試しに彼女の未来を占ってみた。

 

ーーーこうなること位、わかっていたんでしょ。さあ、死ぬ前に何か言うことは?

 髪の長いカッターシャツを着た女が、随分年を食ったウルフの頭に拳銃を突きつけている。

ーーー当たり前だ。俺だってそうやっていくつも腐肉を喰らってきた。ここは力の世界においては…その椅子取りゲームのルールは、何も間違っちゃいねえ

ーーーそう。おやすみ

ーーーだが煮詰めて出したような姿だな、かつてお前が死ぬほど嫌っていたクソ二人にな。

人差し指に力を込めた瞬間、彼の言葉に女は目を細めた。今までに見たことのないような、妖艶な美女だった。タバコの紫煙が燻り、ウルフの膝の上に灰が落ちる。

ーーーひとりは俺だ。慕ってくるバカに適当な慰みを施し、死のうが生きようが使い捨て。お前には屍体は生理用品にしか見えねえだろうな。それが証拠だ。

ーーーフン、あんたまではまだ排卵の段階だよ。何の役にも立ってない不要の長物。私はこれからあんたが動かしてきた百億のガキ動かして、兆の子供を産む。

ーーー血が繋がってちゃ似たようなこと言う。あたりめえだな、奴が産んでたのは国滅ぼし掛けた

 

『タケルス!!何してんだお前は!』

「っはぁ!あ・・・・え!?すいません隊長!!」

 

隊形を大きくずれていたのにやっと気づいたタケルスは、ビルの怒鳴り声にやっとハンドルに力が入る。国を滅ぼし掛けたと聞いては、気が気ではない。だが二人の年のとり方を見るに、いつ起こるか、何が起こったかなんて見定められたものじゃない。

自分の未来予測の力に疑いはない。ただ先ほど、未来に起こるとんでもない事件の片鱗を垣間見た気がしてならなかった。その中、隊長の声はレーダーだけを見ろと急かし、その夢の続きをみることを許さなかった。

 

「…そういや、アカツキ元気かな」

 

同じクラス、ハンドルを溶かしながら空を飛んでた、あの赤い暴れん坊。あんなに仲良かったのに、戦争の煙と血しぶきと共に、花火みたいに目の前から姿を消してしまった。

明日は非番だ。・・・明日、彼がどういう動向なのかは、タケルスにとって読むのは容易だった。

 

 

 

ーーコーネリア第2区、セントラルステーション構内。

黒いパーカーの背中を、小さな影がつついた。キャラメルの砂糖がついた指で、ポップコーンを片手に持つ緑の尻尾がゆらついている。

 

「よっ、昼間に俺を呼ぶってことは、おごってくれるってことだよな?アカツキ。」

「ったく、・・・ウルフには十分な金は持たされてるぜ。好きなだけ食え」

 

3時間前には、死ぬほどウルフから作戦とターゲットの話をされて、アカツキの頭はパンク寸前だった。ウルフの耳はレコーダーかよ、と思いながら、呆れたようにクロルの頭をぽんぽんと撫でた。いつもなら口をとがらせるクロルだが、今日は反応が薄かった。あながちウルフに深夜まで連れまわされた結果だろう。

 アシッドから送られた旅券を片手に、一行はクロルの空腹に委ねられた。

 

「で?何が食いてえんだ」

「うーん、サンドイッチ。あとソフトクリーム。パンケーキの上にどっさりのやつ」

「カフェか?お前の食欲じゃ店潰すぜ」

 

ターミナルの中には二階にカフェバーがある。そこに行けばクロルの求めるだろうメニューがあるだろう。若者らしいデルの可愛らしい声を引き連れていれば、卒業旅行にきたような高校生にしかみえないだろう。エスカレーターに乗る若者の集団が、これからライラット系の武力に携わる大企業と対峙しようとは到底思われるまい。

大人数だったので逆に店員に気を遣わせたが、火曜日で空いているターミナルを見たら、7人だろうがなんの差支えもなく席に座れるだろう。

 クロルが何遍もウェイトレスを呼び、皿が開く前に彼女の仕事を増やしていたところだ。アカツキが暇を持て余してドリンクバーに水を取りに行くと、ある人物が目にはいった。

 

「便所にたったついでに…なんだあいつは、くだらねえ相手に。」

 

絶句してしまった。その目線の先には、4年前には親しくしていたあの親友だ。しかし、あっちが一方的になついていたにしろ、今会いたいという相手ではなかったが。むしろ、今の顔色すら見せたくなかった相手ではあった。

久しぶりの邂逅であれ、彼は非常に格好悪かった。軍人の服を身にまとい、自分の上司の上司の悪口を聞き入れて殴りかかるとこだった。

 

「隊長のことを悪く言う奴は許せねえな。表に出ろクソリベラル野郎。」

 

軍の服を身にまといつつ、一般人につかみかかっている軍人ほど間抜けな様はない。強大な力を行使してまで相手にするタマではないはずだ。アカツキは傍観者を装い、なるたけ気配を消して歩き去っていくところだった。

 

「オイ、他人のふりして知らんぷりか?アカツキ。」

 

小便をもらしかけている一般人を壁に放りなげ、見透かしたようにこちらへ振り返る。見慣れた眼帯のカナリアが、こちらに整った顔をお披露目した。カナリアのくせに、あの頃と変わらず声はガラガラで醜い低い声だ。

 

「久方ぶりだなバカ犬ぅ」

「お前こそ、養鶏場で野垂れしんでるのを祈ってたぜ。」

 

タケルスが店長をなだめたあと、アカツキの首に馴れ馴れしく腕をかけた。14の頃と変わらない身長差になんら違和感を感じなかったが、研ぎ澄まされた目つきの悪さには感服した。

ーーーこいつは防衛軍のパイロットになったのか。それなりの手練れにはなったんだろうな。

アカツキは昔のようには警戒を解かない。サタイアにある立場としては、タケルスは今や敵の存在である。

 

「おーっす!みなさん初めまして、タケルス・パトリック・エゲルートだ。レイとパイセンはめっちゃ久しぶりだけどな!どうぞよしなにー。」

 

馴れ馴れしく椅子を持ってきて座るあたり、昔と何一つ変わりはしない。行動の裏には、別の様相が潜んでいるというわずかな要素だけがアカツキを緊張させていた。レイとカイルはとても嬉しそうに再開を喜んでいたが、カイルは裏の疑惑を潜ませていることが表情から読み取れていた。

・・・幼馴染だろうが、後輩だろうが、犯罪者の手前、油断はできない。

 

「あはは、レイもずいぶん変わったなー。声変わりしたか?」

「あぁ、あの頃みたいになめられるのはごめんだよ。タケルスも、軍にはいって随分たくましくなったな」

「そりゃーな!訓練詰めで男っぷりに磨きがかかることだ!中等部の時からみてなけりゃ、男らしくなるのもあたりまえだぜ。今レイたちはなにやってんだ?女の子連れてさぁ、カタリナに帰るとこか?」

 

こいつは口が上手い。嘘をつけないレイをフォローしようと、カイルがすかさずとぼけたことを言って、タケルスの意識をそらす。

 

「デルちゃんはこれからカタリナ旅行でさ、俺が案内することになってんだよね。モテキ来た感じだよ!俺もついに勝ち組だ!」

「は?!パイセンが女の子と遊ぶとか信じらんねえよ!その子いくつ?」

「二十歳だよ!俺より一個下だし、まさに運命じゃん?」

「うっわ、ありえねーすよ!可愛いのにパイセンと付き合うってさ。」

 

軌道を逸らされてもあの時と同じような会話を繰り広げる。タケルスがガレットを頼むと、アカツキは間伐入れず直に呼びだされた。低い声で、それもこれからやらんとする何もかもを見透かしたようなそんな口調だった。

 

「ようよう、景気よく高いバーに入って昔の仲間引き連れてると思えば、ヤクザの鉄砲玉か。お前が何をやってるかは俺の目を通せば一目瞭然だ。俺の頭にアカツキ・グレンディアのワードが揃った時点で、動向がどうなってるかなんて寝ててもわかるんだぜ?」

「ストーカーまがいの事を相も変わらず俺に仕掛けて来るんだな、タケルス。安心したぜ。これであらためてお前の頭をひっぱたける」

「冗談じゃねえよ。昔のお前の腕の太さと大違いだ。今その腕に叩かれたら、頭蓋骨は粉々だっつーの。賢い俺はそれを見越しての忠告に来たんだよ」

 

怖じ気付くことなくつらつらと言葉を並べるタケルスには、未来が読めているだけの余裕があった。彼の能力については、アカツキにしか知れたことではないからだ。どれだけ的中するかも、4年前からとっくに知れたことだからだ。

 

「お前の姉ちゃん、生きてるぜ。」

 

全身の神経に衝撃が走った。

タケルスはとんでもないことをさらりと言い捨てやがる。かねてからその無神経さには何度も驚かされたが、今回に限っては、アカツキの最も注意を引くものであった。

 

「な・・・・どこで、今何をしているっていうんだ!」

「そこまでは知らねえよ。お前の姉ちゃんにはあったことねえから。ま、会うことは確実だ。俺の見た無事な姉ちゃんの未来は、お前が俺に従い動いた後の未来だ。見つけようとしなけりゃさ、もしかしたら真実じゃなくなるかもよ?」

「オイコラ、ホラふくんじゃねえ。俺を利用したくてタレコミしたつもりか?」

「んなわけねえだろ?俺の目の的中率をしってるくせにさ~。俺の方でも探すってば、なあなあ、連絡先くれよ」

「ウゼェ、燻製にすっぞ」

「あの頃みてえに遊ぶのもオツじゃねえか。積もる話もあることだし」

「俺は話すことなんてねえぞ」

 

ニヤニヤとタケルスは相変わらず笑っている。まるでこれからカタリナへ向かうのを見越したかのように、タケルスは現れたと言っても過言ではない。それだけの能力を持っているのは百も承知だ。自販機のルーレットが当たるかどうかを見破るくらい、簡単なものだ。

タケルスにとっては、当たってサービスになる飲み物と、殺し損じられ生き残った命は同等だ。

 

「73区でスーパーのレジ係をしながらも逞しく生きてる。同棲している恋人はKSAの工場勤めだ…デフトーンの立ち退きが行われれば、食いっぱぐれるんだろうなァ。」

「・・・姉貴が?」

アカツキはこれからドンパチかまして、血まみれの中姉ちゃんと会うんだろうな。問題はねぇ、KSAの工場は10年20年と存続するさ。サタイアのおかげで救われる」

「タケルス、デフトーンズ地所は?」

 

トイレで手を洗いながら、念入りにドライヤーに手を突っ込みこう答える。

 

アカツキの予想する通りだ。お前、頭いいからさ。」

「…。」

「心が読める俺から、いっこ忠告しとくぜ」

 

見通す目があるというのに、核心的なことはいつだってこうやって濁して逃げる。

 

「どいつも薄れ目あけて見てるくらいだと思っとけ。」

「あ?」

「見えねえふりすんも愛だ」

 

俺って最高だぜ、と捨て台詞を言うとタケルスは席に戻っていった。ラナの身辺調査をしたいのか、隣に馴れ馴れしく座り、質問攻めに合わせていた。ガレットが来ようが、アカツキとどういう馴れ初めで付き合ったのかなど、ラナが一番嫌いなお節介な内容ばかりをタケルスはふっかけていた。数日前、風俗のババアに話しかけられたようにラナは顔を引きつらせていた。

 

「…ラナは秘密主義者なんだよ、バカタケ。」

 

タケルスを幼馴染として邪険にできないラナを、面白さげに見守っていたアカツキでもあるが。

 

 

 

 軍人に見送られ、カタリナへの便へ乗ったサタイアだった。座席に座ると、数分ほど、いやな沈黙が漂う。グランドホステスがコーヒーをを運びにこようが、凍りついた彼らの空気は動じようともしなかった。

そんなアカツキの左隣、窓際でため息をつくラナへちょっかいをだそうとした。

 

「馴れ馴れしいトリだな…。カナリアの癖、ハスキーな声の…」

「あいつは仲間思いのいいやつだ。うざい時が8割を占めているがな。…要するにあいつは可愛いバカだってことだ。お前が大人なばっかりに断れない立場だってことも承知の上でだ」

「タケルス・パトリック・エゲルートだっけ。…あいつ初対面ってツラじゃなかった。こっちをなめきったような表情をみるに、これからなにするかお見通しだってくらい、ムカつく顔だった」

「頭がいいな、ラナは」

 

カタリナのポートターミナル駅に行くエアバスの中、アカツキはラナの勘の良さに先を案じていた。どうか、タケルスと撃ち合うような仲にならなければいいが。

ーーーそうなったら、百戦錬磨のラナに、コーネリアの歩兵であるタケルスの脳味噌は砕け散ることになる。

いかなる状況に陥ろうとも、アカツキに対して危ない女だということは、とっくにタケルスの想像にはついていたということだ。それなりに頭の効く彼ならば、茨の路を裸足で歩くことはなかろう。

 

「ここからカタリナまで10時間だ。…飛行機の中くらい、俺の肩を枕にゆっくり寝ろ」

 

アカツキが甘い言葉を囁くと、4歳上であるというのにラナは顔を赤くした。いつまでもウブな彼女だが、彼にしては素晴らしい女だった。眠りにつけば、自分の姉の所在について深く考えはじめる。

グレンディアを名乗る家族が生きている。アカツキはそれが気がかりなだけに、一睡もすることはなかった。

もし姉に会えたとしても、どういう顔を合わせればいいかすらも考えていなかったからだ。

 

 

 

 

 

 

ーーーー惑星カタリナ東部、第一自治区

規則正しく並んだ民家の屋上、サタイアは3つの部隊に散り、10時間監視をして張り込んでいた。

 

「こちらアカツキ。動きに変化はねえ。…コンビニに水を買いに行った。」

『こちらレイ、了解。引き続き監視を続けろ』

「了解。」

 

とはいいつつも、波風立たぬ春の陽気に、アカツキは退屈していた。戦力を分散させるつもりでセリヌと二人きりにされた彼は、居心地の悪さにタバコを吸っていた。彼は非常に几帳面で、大雑把な彼とはぶつかりやすい立ち位置にあったからだ。

 

アカツキ…ラナの真似でタバコを吸い始めたのならやめろと言ったはずだ。もう彼女は禁煙してるぞ。不愉快だ」

「そういわれても、一度始めたもんは止められねえよ。銃をもったその時と一緒だ」

「トリガーを引くのはお前次第だ。ファイターがバカなら銃も報われん」

 

セリヌは皮肉たっぷりに言葉を走らせる。アカツキはその度に青筋を立てるが、反論しようにも彼の理論には勝てやしない。

 

「国公立大エリートの坊ちゃんが舐めた口聞くんじゃねえ」

「僕は低所得者層かつ母子家庭の出身だ。奨学金情報科学系に進学したにしろ、ドロップアウトして結局はヤクザの片棒を担いでる。アカツキとは同等のレベルだ」

 

罵声ですら先走りして自ら唱えてくるあたり、常に脳味噌が余っている輩だ。セリヌ・ハドソンは、サタイアの中でも突出したエリート層の人間だ。性根ばかりは、生まれ育った家柄が染み渡っているが。

アカツキは見たことがある。自動操縦を搭載したすべての戦闘機を指一本で支配し、そのパイロットが死ぬ様、勝つ様に興奮し、鬼畜の笑みを浮かべるセリヌの顔を。その後に彼に仕組みを聞けば、将棋の五目詰に沿ったプログラムに基づいた何物でもないという。

・・・セリヌは頭の利く悪党だ。銃声が鳴り響く殺し合いの現場を、神の視点からボードゲームを見ているだけにしか思えない。

 

「あのトリとはどういう関係なんだ」

「トリ?随分タケルスは好かれてんな。」

「奴は軍人だぞ。ならず者の一端を担う僕らとどういうつもりで接触したのか、知りたがるのも当然の事だ」

「どうでもいいことだ」

「事細かに説明しろ。」

 

タバコを落とし踏んで消すと、望遠レンズを両手で覗き込む。

 

「俺は第2自治区の出身だ。あいつは73区行きのチケットを見て、俺の家族の話をふっかけてきた」

「それで?」

「死んだはずの姉貴が、生きてるだとさ」

「そうか。なにを根拠に?」

「どうせ夢でも見てんだ。俺は信じねえ」

 

目の事は長くなるので説明するのも面倒臭い。セリヌ相手ならまだしも、他のメンバーは危機感を感じ騒ぎ立てるのだろう。殺すか、潰すか、晒し上げる。なるたけ話を大きくしたくはない。

 セリヌにしきりに続きを請われたが、話から意識をそらすようにレンズの向こうのターゲットを見つめた。

 

「・・・! セリヌ、動いた。南の交差点へ行くぞ」

「了解。GPSがオンになった。うむ、奴は土地勘がないな。この町においては瞎同然だ」

「こちらアカツキ。ホシはメインタワーに向かう、追いかけろ」

『こちらラナ、了解した』

 

回線を切ると、レイはエンジンをかける。ピザ屋のラッピングをしたミニバンだが、後部座席ではラナがマシンガンの弾を肩にかけており、非常に物騒な雰囲気が中に立ち込めている。カイルはアサルトライフルに弾を込め、安全装置をおろして背中に担ぐ。

 

「ラナー、今日の銃は?」

コルトガバメントとワルサー。」

「へえ、サツらしいラインナップだな。マグナムとパイソンは?」

「あれは重い。一撃で仕留める時にしか持ってかないんだ」

「ラナちゃんもずいぶん非力になったんだにゃ~?」

 

気配を示さずに、カイルの頬を銃口で叩く。金属のつめたさに、血の匂いがかすかに染み付いている。

 

「お前、撃たれてえか?」

「ちょっ!なにしてんの~!あははそんなのでほっぺプニプニしないでくれよ~!」

「ラナ!カイル!もうすぐターゲットの車両が見えるぞ!」

 

ばっと二人が振り向くと、ナンバーに黒い遮光板が貼られている車がみえた。白いバンだ。おそらく、雇われた民兵が数人同乗しているところだろう。

 

『こちらデル。きこえる?追跡車両周辺には、ホシの味方はいないよ。メインタワー屋上から見てるけど、レオンさんからもらった特徴の車はいないわ』

「こちらレイ、ありがとう!・・・なんか食べてる?」

『んふゅ~、怪しまれちゃならないしタワーホットケーキたべてるの』

「まったくぅ…仕事中だっていうのに。まあいい!奴を追い詰めるよ!」

 

レイが声を上げると、60キロ制限の道路で突如アクセルを踏み込んだ。彼の唯一かっこいいところである。まばらに走る車を荒々しく避ければ、車内は左右に大きく揺さぶられる。ラナが左窓から頭を出すと、ガバメントを片手で持ち、トリガーを引いた。

 

「おぉっ!すごいね!」

 

車2台分離れた車の屋根に命中する。威嚇射撃として放った弾丸だったが、相手はさらにスピードを上げ、逃げ腰の姿勢だ。

 

「追え!!」

「上等だ!カーチェイスは僕の得意中の得意だぞ!」

 

奴はスピードを上げるが、途中の信号や遅い車を避けるたびに減速する。その時点で、レイの勝ちは決まっていた。130キロをキープしつつ、急速に追い上げていく。すぐ真後ろへ追い詰めると、その先には立体道路との分岐点が待ち受けている。ほとんどが市街地方面に向かう車のため、降りる道に奴を追い詰めたい。

 

「ひゃっほー!カタリナの治安維持部隊も追いついてこれねーな!金髪の走り屋だな!」

 

カイルのテンションがあがり、調子をあげられると、レイは右横の立体道路専用車線に入り、並んだ。やるならよくてあと数分、運が悪ければ数十秒の戦いだ。

レイがギリギリと道を詰め、思い切り車体をぶつける。顔に似合わずかなり荒っぽい戦い方だ。そして相手がライフルを持ち出すと、即座にラナとカイルは天井を蹴り飛ばし顔を出した。

 

「顔をだしなうすらハゲども!!アーッハッハハッハ!!!」

 

テンションのボルテージが振り切った状態で、カイルはマシンガンで相手車両に集中砲火した。薬莢が飛ぶごとに窓や車体が次々と貫かれる。もちろん相手も黙ってはいない。カラシニコフで打ち返され、とっさに二人は頭をさげる。車体には風穴が空いていた。

 

「カイル、マシンガンであぶりだせ。私はそこから一匹ずつ仕留める」

「おうよ。俺が殺すのもアリだな?」

「当たり前だ!!」

 

爆笑しながらマシンガンを放ち、少し止ませれば、その間に敵は恐る恐ると顔をだす。それを、カイルの無数のマシンガンが砕き、生きているものは一匹残らずアサルトライフルでぶちのめされる。

 

「そろそろジャンクションだ!急げ!車間を詰めるぞ!!」

 

これからどんどん奴は奥へ奥へと離れていく。ギリギリのポイントまでに、あの車を止めてしまいたい。距離を詰め、カイルのマシンガンはますます唸りを上げる。

 

「いったれ!ラナ!」

 

ラナは体制を低くするカイルの肩に膝を乗せた。そして、猟師のように狙いを定める。

ーーー相手のフロントガラスに、血がバスリと広がった。

うまく曲がれない車は立体道路の柱に衝突し、爆発した。

 

「当たった当たった!ラナの命中率はんぱねー!」

「おまえもそろそろ銃に慣れろよ。マシンガンをそんなガキみたいなテンションで扱われたら、危なっかしいにもほどがある」

 

そのまま速度を落とし、市街地方面へ向かう。後ろから治安維持部隊のパトカーの音が聞こえて来る。安全走行で、逃げ切らなければ。

 

「みろよ、カタリナのポリ公の必死度の低さ!コーネリア警察見習えっつーの。賄賂汚職でがんばってんだぞー!アハハハ」

「いっとくがコーネリア警察は速度違反なんて取り締まらないからな。大して」

「ラナは主にだれ逮捕してたの?」

「わたしらみたいな下っ端ヤクザだ」

「ぷっ!くくく・・・」

 

レイが前で吹き出すと、カイルもつられて笑い出した。彼もずいぶん悪っぷりが板についてきたものだ。汗ですべる手をズボンでぬぐうと、懐に入っているデバイスを手に取りレオンに連絡した。

時間通りとでも言わんばかりに、2コールばかりですぐに彼の顔が映った。

 

「こちらレイ、ヘビークラウド安全保障を撃滅。爆発、運転手並びに戦闘員の死亡を確認」

『ご苦労。ミニバンは?』

「かなり損傷している。タイヤのせいでひどい揺れだった、あの車は」

『迎えの車を用意させる。車が来たら日が沈むまでどこかに隠れ、それまでカタリナの名物の夕日でもみていろ。』

「了解。」

 

肩を撫で下ろそうとレイは息を吐いたが、カイルに後ろから頬を叩かれ、治安維持部隊の車両に意識が向いた。大慌てでアクセルを踏むと、再び荒々しいドライブが始まった。

タイヤを鳴らし、日が傾き始めたカタリナの大地を駆けた。

 

 カタリナは空気が澄んでいるが、空気がちがうのかベタベタとしがちだ。水の質はコーネリアよりも硬いようで、手先が洗うと乾燥しがちになる。街全体が食い物屋が多く、露天商も常にうまそうな匂いを漂わせていた。

夕焼けが差し込む中、ほぼ開け放たれた汚い料理屋で、レオンに続きの指示を受ける。

 

『今日してもらうことは3つ。深夜にカタリナ第1区の中華飯店で会議が始まる。それを拝聴するもう一つのマフィアを潰すことだ。』

「名前は」

『五艇会というカタリナに根付いた奴らだ。五艇の戦宙艦を持つ戦闘集団だが、蓋を開けてみれば近頃は運び屋くらいしかやっておらん。我々のシマがカタリナにない理由は奴らにある』

「じゃあ五艇会を潰せば…スターウルフの威信もさらに強くなると…」

『それは副産物に過ぎん。今回はKSAの用命あってこそだ。我々三人はタオの護衛、お前たちは午前1時、燦星ホテル21階のスイートルームを襲撃しろ。長の首を一つとってこい。』

「わかった。…作戦は、この後立てる。」

『頼んだぞ』

 

レオンからの通信が切れると、一斉に麺を啜り出した。彼の聴いている手前、イライラさせるような種はできるだけ無くしておきたいのがサタイアの本音だった。ウルフやパンサーよりも、レオンと話す時が最も緊張感が漂う。しばらく無言で7人は食事にがっつき、粗末なテーブルとパイプ椅子はきしんでいた。

 

。」

「ラナ食べないの?もらっちゃうぞー」

「あ、あぁ。かまわん」

 

石畳で舗装されていて、アスファルトの道路はひび割れ、足元はがたがた。砂埃がひどく、激しい漢字のネオンがそこらじゅうで主張する。人々は金持ちそうな奴のポケットに目をぎらつかせているし、売春婦は日も高いうちに道で腰をくねらせ、薬の売人がうろついている。かつて居たコーネリアの31区に似ているが、こちらはとても乾いている。混沌がひしめき合う、第一自治区の都市の郊外だった。

しかしこの街の混沌は悪い気はしない。コーネリアの低所得者層よりもさらに貧しい生活をしているが、逞しく、エネルギーに溢れている。

 

アカツキのルーツは、ここにあるのか?」

「ん?俺は第二自治区だ。ここと同じくらい貧富の差はでかいが、潔癖なところだったからどこもかしこも綺麗なまま放置されてる。」

「そうか

 

レイが箸を置くと、食べ終わったようで水を飲んだ。そして、アカツキを言いづらそうにじっとみる。

 

「あのさアカツキ、これからさ五時間くらい時間がある」

「どうした、なんかしたい事でもあんのか?」

家に帰りたい。」

 

カイルの手も一瞬止まったが、聞こえないふりをして辛味のきいたスープに再び無言で口をつけた。二人の緊迫した表情に、なぜだか気まずさがテーブルの下にたちこめていた。

たべこぼしで汚いコンクリートの床にラナは目を落とす。

 

「再建費用もなかった奴らがバラック立てて住んでる廃墟だぞ。治安も悪いし安心できるところじゃねえ。」

アカツキから安全って言葉が出てくると思わなかったよ。まだ潰れて4年だ。雨風をしのいで身を隠す場所もあるはずだよ」

俺は用はねえ」

 

行きたくないという気持ちを前面に出されている。自分の故郷の地上げ、タケルス、姉との邂逅…彼にとっての不安要素は、それだけでも十分だった。そしてレイすらもこんなことを言ってくる。

レイの両親は、カイルの両親はコーネリアへ移住し細々と暮らしている。それでもしっかりと地に足をつけて生きている。

 

「余計な奴に顔を合わせたくねえんだ。自分が何なのか、胸に手を当てて考えてみろ。これまでの所業はなんだった」

「…」

「車で暴れて銃ぶっ放して突き落とす。何百人もの殺しに助力し、そのうちの何人かはお前が手にかけたもんだろう」

「それが始まった場所に行って、もう一度清算したいんだ」

「…あんだと?」

 

レイは精神的にかなり強くなっている感じはあった。昔は可愛らしく、悪く言えば女のようにか弱く、アカツキに対して常にイエスマンに徹していた。

だが今はどうだろうか。…自分の意思を、はっきりと口にする。

 

「僕だってアカツキだって、みんなそうだ。なりたくてこんなヤクザの鉄砲玉になったわけじゃない。もうとっくに殺し屋の軌道に乗ってる、…じゃあ、誰がトリガーを引いたんだ?どこでこの地獄までの道に発射したんだ?」

「…」

「本当は僕らは高校に行って、大学受験をしたり防衛軍に入ってた。それを、戦争はシャッフルしたんだ、そこそこの給料と安全を手に入れているはずが、死と隣り合わせのと大金持ちの暮らしになり代わった」

 

頭の中に、タケルスの言葉が響き渡る。ースーパーのレジ係をしながら逞しく生きてる。

 

「バカいうな。…戦争でシャッフルされようが、普通に生きている奴がほとんどだ。精一杯、なけなしの金で歯を食いしばって生きてる奴が」

「…人を拳一つで殺せる立場なのに、そんなこと思いつくんだ。…もう僕にはそんなの考えられないよ」

「だから、少なからず心の奥底で望んでいた結末なんだよ。だからこれ以上自分の人生に理由をつけるな」

アカツキは何もかもぶっ壊してでも手に入れたいものを手にした。色恋も、全く狂気の沙汰だよ。一方で僕はそんなものなかった。とりあえず生き残るためにアカツキとラナさんの間を割って入ったけど、ウルフさんに言われるがままして大金を手にしたけど、…その先は虚しいんだ」

 

アカツキは追加で頼んだチャーハンが置かれようとも、レイの手元をじっとみていた。

 

「もう50台だったらわかるんだ。けど、中途半端な力でこの先生き残って、こんな何を手に入れたいのかわからない人生をダラダラと生きるのは…苦痛だ」

「何言ってんだ、サタイアでも突出したメカニックだろ」

「力ではみんなに勝てるわけがない。ライラット系を支配する武器職人がウルフの隣にいる。機械に強いセリヌもきた。できることと言ったら、車の運転くらいだ。…もう一度、探しに行きたいんだ。」

 

たった4年、されど4年だ。アカツキやカイルは大きく様変わりしたが、レイは一人だけ縦に引き伸ばしただけのような思いでいたらしかった。

 

「私は賛成だ。…アカツキが行かないなら、私だけでもレイに付いてく」

「…ラナさん」

「実家って言うのはなにもかも引き出すからな。…片鱗だろうが、いいことも悪いことも思い出す。」

 

食後のチョコミントアイスが3つやってくる。口に頬張りながら、クロルもラナに賛同する。

 

「俺も行くよ。ぶっちゃけると、実家っていう概念がないからさ。どういうもんか知りたいんだよ」

「クロルは実家がないのか?そういえば…随分前に軍人だって言ってたような」

「親父と兄貴が特殊部隊の輸送チームの幹部でさ、いろんな惑星に引っ張り回されて手伝わされてた。ホテルか基地でしか寝たことない」

「今頃親父さんも…お兄さんもクロルのこと悔しく思ってんだろうな」

「ふん、どーせなんも考えちゃいないさ。アパロイドんときはセクターZを制圧してたし」

「すっ…すごい」

 

べらべらと親のことを話すあたり、少々誇りに思ってる節もあるのだろう。軍の30%が壊滅状態に陥っていたこの状況で、最前線近くで制圧に一役買っていたとは。コーネリア防衛軍、特殊部隊の娘は、努力をする節は見当たらずとも、才能で乗り切っているようにも感じる。

ラナはレイの話題を借り、質問を投げた。

 

「クロル…お前は、夢はあるか?」

「夢?うーん、…ちょっと恥ずかしいけど、親父以上に名を轟かせること。クズさでもなんでもいいから。」

「…なるほど、おてんば娘らしい考えだな。」

 

小さな身長で意地悪に笑いながらクロルはアイスを平らげる。セリヌが財布から紙幣をまとめて机に出すと、会計を頼んだ。

 

「レイ、僕もいくことにしよう。デルとカイルも来るとなったら、付いて来ざるを得ないよな、アカツキ

「…。」

 

ふざけた口調で二人が「いくいく~」と声を上げると、みんなは席を立ち始めた。小さくアカツキは舌打ちをしながら、重い足取りで後ろへ着いて行った。

レオンの手配したのだろうサルと会い、レイはキーを渡されると、黒のワンボックスに全員は乗り込んだ。エンジンをかけると、アカツキの隣に乗っていたラナが、後ろのクロルにからまれる。

 

「なーなー、ラナの夢は?」

「夢?…そんなの見る歳じゃない」

「なにいってんだ、まだ22なのにさ。じゃ、目標は?」

「…」

 

明るい紫の目が、アカツキをちらりと一瞥してから答えた。

 

「ウルフをぶっ殺して、スターウルフの全てを乗っ取ること。」

 

全員が吹き出し、車内は激しい笑いが響き渡った。もっとも現実主義者のようにも思えるラナが、そんな壮大で野蛮な夢を語ろうとは。一番似合わないメンバーだ。

 

「ぶあっはっはっは!!マジかよ!!やっぱラナもこっち側のクズだな!」

「16の頃からあいつを破滅させることを夢見てた。…既に夢じゃなく現実になろうとしてるけどな」

「ウルフは強いぜ。俺らなんかじゃ相手にならねえ。蹴られたらお前の背骨まで折れるぞ」

「承知の上だ、そんなこと大昔から知ってる」

 

16歳といったら、警察試験を受けられる最年少の歳である。6年前から殺そうとして、ついに腹中にはいり一番近くにまで追いついた。…アカツキがラナを追いかけた、4年前と同じ心持ちなのだろうか。アカツキも、初対面でウルフの強さに強烈に惹かれた。

 

ーーーそういうことを聞くと、寝返りたくもなる。

 

ラナの胸から額を大きく切りさいたように、ウルフの強さを超えられたとしたら。

だがその夢を叶えた途端、大きな幻滅が待ち構えていることをアカツキは既に知っていた。

 

 

 

 街灯の量は消えていき、道路舗装はますますひどくなり、車内の揺れは激しくなっていった。アンドルフとの大戦以降、何一つ復興されず野放しにされた住宅街が目に見えていた。赤い光が弱くなりつつあり、少しだけ薄暗くなってきている中、高台の方は電灯が多く灯っているが、低地のここはボロボロのまま。あまり良くない身なりの住民がチラホラと歩っている。

信号をきちんと待っているあたり、モラルはしっかりと残っている分心苦しいものがある。

 

「…着いたよ。」

 

外を見つめるアカツキとカイルの目が揺れている。車を停めたのは、空爆を免れたが見放された、防衛軍士官学校の、中等部の校舎だった。…かつて三人は、ここに通っていた。

グラウンドの草は伸び放題で、落書きだらけの荒れた校舎。暗く影がさす逢う魔が時の青い風景の中、ズシンとそびえ立っていた。

 

「おまえんちに行くぞ、レイ」

「学校はみてかないの?」

「…面白くねえ」

 

アカツキの口元が赤く何かが灯る。先を指でつまみ、タバコに火をつけていた。冷え込んできた春の夜、7人は足並みをそろえずに道路に広がりながら歩っていた。…上空で静かに戦闘機が飛んでおり、遥か遠くの電車の音が少し響くほど、非常に静かだった。

その静寂の重圧は、考えた以上のものだった。

 

「ここだ…」

 

一階が広いガレージ担っている家があった。シャッターは降りていて、ここも襲撃を免れ比較的原型を留めた状態だった。レイがシャッターの鍵を壊し、開けようとする。爆風で基礎が歪んでしまったせいか、なかなか開かずに、アカツキがタバコをくわながら手伝った。

 

「どうだ、開くか」

「うん、ちょっと右に曲げる感じでやって」

「おう」

 

みしりと音が少ししたが、タガを外したように一気に上に上がった。中は放置されたものが崩れ落ち、荒れ放題だった。モニターも落ちて破片が散らばり、部品入れも丸ごとひっくりがえっている。

ライトをつけ、ゆっくりと全員が足を踏み入れる。レイは一番前で、寂しそうに口を噤んで物をどけていた。

人が来る足音が聞こえ、ラナが表に出る。

 

「あ…こんにちは。」

 

見知った顔ではないが、どこか慣れ親しんだ雰囲気の顔が頭を下げた。自転車をもち、どこかから帰ってきたような風だった。オレンジ色がかった白く柔らかそうなポニーテールが揺らいでいる。

こんな暗い場所で、年頃の娘が一人で住んでいるとは思いもよらなかった。

 

「…もしかして、ラナさん、ですか」

「どうして私の名前を?」

「弟が、お世話になっています」

 

控えめな声で頭をさげる彼女は、なんとなく疲れている様子だった。それでも目は切なげで、あえてよかった、という気持ちがしんしんと伝わってきた。全員がガレージの中から振り返ると、彼女はもう一度深々とお辞儀をした。

アカツキの口からタバコがおちる。タケルスの予言が、このような形で当たろうとは思っていなかった。こんなに寂しげで、弱々しい姉の姿は見ていて悲しくなった。

 

「…姉ちゃん、どうして…」

「ごめんね…、お父さんとお母さん、助からなくて…あたしだけ助かっちゃった…、」

「…。」

「ごめんね…ごめん、ごめんなさい…」

 

今までのことが重くはちきれたかのように、彼女の目からはボロボロと涙がではじめた。出すべき言葉が思い浮かばないアカツキは、姉にそっと歩み寄って、肩をかけてやった。

 

 彼女は全壊を免れたレイの実家に一人で住んでいるらしかった。生き残ってコーネリアに移住を決めたレイの家族は住むことを止めたようだったが、事情を知って、電化製品を全て直して家を後にしたという。

 

「私の名前はマレイド。…マレイド・グレンディア。みんな初めまして。」

 

綺麗好きな性格だったらしい。レイは戦災以前の、そのままの状態をキープしてくれているマレイドに何回も感謝していた。かつて自分が何気なく使っていたマグカップを、お茶に出してくれた。それだけで彼は笑顔になっていた。

 

「マレイドさん、本当にありがとうございます。」

「お礼を言わなきゃいけないのは私の方。ご両親とおじいちゃん、とてもいい人で…」

「でも、なんでこんなところに一人で住んでるんですか?」

「…それは、後で話すね。アカツキにも関わることだから」

 

眉をひそめるあたり、重大なことが隠されているに違いなかった。静かな室内、床に腰を下ろす6人に対し、アカツキは遠くから足を組んで椅子に座り、じっとその様子をみていた。

 

「…随分、成長したね」

 

マレイドは少し怖がりつつ、アカツキにほほえみかけた。未だ状況が受け入れられてないのか、ぶっきらぼうにうなづいて茶を飲んだ。

 

「変わってくれて、嬉しいような気もするな…」

「良い訳ねえだろ」

 

即答してピリピリとしている彼に、セリヌが「アカツキ」と戒めるように声を上げた。せっかく会えたというのに、何を考えているか全く読めない彼の言動に、お通夜のような雰囲気が漂っている。

 

「…もうアンタとは違う世界を歩んでる。堕ちるところまで堕ちた。わかるだろ、今コーヒーを出したやつは、どいつもこいつも人殺しのクソ野郎だ」

「そんなこと、とっくに知ってる。…調べてもらったの、KSAの人に。アカツキが生きてるって知ってから」

「さぞかしショックだったろ」

「うん、知りたくもないこと、たくさんでてきたよ」

 

調べれば、芋づる式に殺した人間の名前も、分厚いファイル一冊分でてくるほどだったそうだ。ショックのあまり燃やし、グレンディアの恥部として彼すらも忘れようとした。だが同時に、仲間の存在も明らかになっていた。

 

アカツキは、今幸せなの?」

「…どちらかというと、イエスだ。金なら湯水のように使える」

「うん、それがきけたなら…あたしはそれで十分だよ。相変わらず、不器用だね」

 

わざと下賎な回答をしてしまった自分が恥ずかしくなるくらい、マレイドは優しい声で呟いた。レイはフッと笑い、一同は解けた空気に安心していた。

 

「おかえりなさい」

 

無条件に愛してくれる家族。その幸せそうな笑顔で、アカツキの心はあの頃のように溶けていった。

 

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EYES WIDE SHUT/1

  狩人の貝比べ

 

 

 サルガッソーに屯ろしている構成員の中には、元スペーズの輩も多くいた。今ではほとんど「親分、親分」と飼いならされている。時たまウルフは金目のものをバラまいたりなどをしてご機嫌をとる。金に執着していないらしく、常日頃安物のタバコを咥え、酔えればいいとぬるいビールを飲み干している。その下で、パンサーは女遊びに派手に金を使っていた。

 サタイアの部屋や武器、家具やパンツまですべてウルフの落とす金で賄っていた。欲しいといえば口座に十分な金が入るし、その使用目的はこれまでに一切追及されたことはない。その代わりとして、作戦も何も用意されず「あいつを殺せ」「あれを盗め、運べ」とだけ言われ、うまい具合にすべてをクリアしていかなければならない。その命令のたびにリスクの代償は異なる。

若者が大金を手に入れればどうなるかなど知れた事だ。「どうせすぐ死ぬだろう」と、使い捨て感覚でしか思われていないのも、サタイアのメンバーは重々承知していた。

 

「ったく、お前らが生き延びるほど高くつくぜ」

 

タバコをふかしてリラックスするウルフの前、アカツキとラナは棒立ちになっていた。

 今日は売春宿で風俗嬢を娶るのに金を出し渋った男を、二人で乗り込んで殺しに行った。その男はプラズマ関連メーカーの御曹司であり、そこそこの金は持っているはずだった。だが、家にばれたくなかったのか、搾り取ろうとした矢先に傭兵を雇い店を荒らそうと企んだそうだ。

18人程の防衛軍上がりの男達である。二人はチョッキも着るまでもなく、レストランで食事をとった帰りがけに上がり込んだ。

 

「無理難題ばかりつきつけてくっからだ、俺らが強くなったのは」

 

アカツキが気だるそうにメールを打ちはじめた。

傭兵は全員殺した。弾けた頭の破片、血の回収はセリヌが清掃業者を呼び片付けさせ、屍体はアカツキのお得意の怪力で、売春宿一階の床下に放り込んだ。彼の熱量でアスファルトも溶け出し、屍体は腐らず臭わず沈み込む。

馬鹿の掃除をした後は、店主である中年の女は「ごくろーさん」と顔色一つ変えず二人を見送った。毎度よくある話なのだろうが、たまたま今日は若い二人だったからか、結婚とかいつ付き合い始めたとか面倒な話をたくさん吹っかけてきた。

 

「用がないなら帰る。」

「おう、明日はカイルも連れてこい」

「…明日も?」

 

明日もお前と顔を合わせにゃならんのか、という嫌な目をしてラナがウルフを見た。相当な嫌われようだが、彼はその状況を楽しんでいたようにも思えた。勿論、アカツキもだ。

 

「ラナはウルフに会うと百面相するな。仮にも上司だぞ」

「知ったことか。そのうち寝首を掻いてやるからな」

「相変わらず狙ってんのか」

 

待ってるぜと言わんばかりに彼は笑うと、書類を懐から出し乱雑に床に落とした。

ラナが拾うと、二人で静かに読み始めた。

電子端末が主流になった今、容易なフォーマットやコピーの難しさから、スターウルフは常に紙媒体を使用している。物体として残るゆえ、どこに何があるかを把握しておくことも簡単な事だ。

 

デフトーンズ地所がカタリナの70から95地区で大規模な地上げを行うらしい。住民は15地区の新興住宅地への移住を要請されているが、現在じゃまだ5%しか完了してねえらしい。アカツキとレイ、カイルが住んでいたのはその辺だったか」

「あぁ。73地区だ」

「ほぉ…バリバリの工業地帯の社宅が多いトコか。お前らの親父も武器作ってたんだろうな」

「カイルんちの親父が。600型ブラスターとか作ってたって」

「あぁ。あそこらはKSAのお膝元だ。」

 

ライラット系の武器のシェアの80%が、KSA「カタリナシンセティックアームズ」が陣取っている。惑星カタリナがライラット系に併合される以前から存在しているらしく、はじめはレーザー技術による照明の会社だったようだ。それがやがて強力な攻撃力につながり、フルメタルジャケットが主流だったコーネリアの武器産業を凌駕したのだった。

アカツキ達の住んでいた73地区は人口密度が非常に高く、工業地帯に取り囲まれるような街の形状をしていた。古い高層マンションが多く軒を連ね、KSAに生き血を吸われる町工場達がキツキツに肩を並べていた。

レイ・モーガンはその町工場の息子だった。

 

「地上げされるってことは、KSAの工場も移転の計画がたってんのか?」

「いや、揉めてる。どうにかして退かせたいようでな、デフトーンズ地所は平和維持団体やら胡散くせぇ奴を味方につけて工場を追い出そうと躍起になってる」

 

アンドルフに潰され、着の身着のままの状態になった故郷の人間が再建した街だ。すべては、KSAによるインフラ整備があってこそのものだった。手元のデバイスで現在の73地区を見ると、階段が縦横無尽に広がる中、老朽化がすすみ、今にも崩れそうなマンションも多く見える。

アカツキの住んでいた家も、これほどではないがあまり良いとは言えなかった。

 

「武器で潰され武器で育った街みてえなもんだな…」

「なあアカツキ、ここはなんだ?」

「旧鉄工所だ。今は試験場になってるが、昔は鋳造とか金属系が盛んだったらしい。俺の家も系譜を辿れば元は鍛冶師だったと」

「炎の力もそのため生まれたと思うと不思議だ」

 

コーネリアの高級住宅街生まれには、全くの異次元のような世界だろう。

 

デフトーンズが狙ってるってことは、あながち地下資源が目的だろうな。」

「正解だ、ラナ。目をつけてる地帯には希少金属液化天然ガス、地熱がわんさか埋まってやがる。チマチマそれを食ってきたKSAとカタリナ人を押し退け、食い尽くした後はライラット系全土にバラまく魂胆だ。」

 

アカツキは顎に手を当て悩み始めた。

 

「ウルフとしては、それを止めたいってことだな?」

「あぁ。この依頼はKSAから来たもんだ。俺らに頼るってことは、デフトーンズも武装して強硬手段に出る可能性があるということだ。あっちには諜報特務局があるから派手なことはできねえだろうが、カタリナ人は伝統やら歴史やら、土着のものにこだわるタチだ。アンドルフ並みの爆撃されようがそこを離れねえつもりだ、何人死のうがな」

 

カタリナ人の名残惜しさというのは奥深くに根付いている。コーネリア人は進化を良しとするが、カタリナ人はウルフのいうとおり、そこに染み付いた因縁を強く重んじる。だが、故郷を捨てられず何人が死んだのだろうか。

父も母も姉も、たったそれだけのために死んだのかと思うと、命の軽さにため息が出てしまう。

 

「KSAもカタリナらしい企業だな」

「専務と今夜会合する。レオンとパンサーもスーツを着込むぜ」

 

古いソファから立ち上がると、窓を開けてデバイスの画面を開いた。

 

「セリヌが既にデフトーンズに潜ってる。戦力や武器のデータ、作戦計画が今夜10時までにくるだろう。それをカイルと確認したら、明日の朝8時にもう一度ここに来い。レイも武器調達が完了したらツラ合わせにくるし、専務からターゲットを聞いたら、3区ターミナルでクロル・デルと合流。チケットはアシッドに取らせてるからな」

 

今日の任務はちょっとしたお使い程度のものだったらしい。今回の件ほどの規模の話はいくらでもあったが、コーネリアを出る上、カタリナの故郷で任務を遂行するのは違和感があった。

73区には、あの事件以来一度も足を踏み入れていないからだ。

 

ーーーーー

 

コーネリア第2地区、インターコンツェタルホテル。エレベーター内。

 

「ねーねー、なんで俺連れてきたの?」

 

硬派な三人の男の顔から視線をさげると、下の方でぴょこぴょこと動く少女がいた。スーツをかちりと着込んだ三人に合わせ、良い所のお坊ちゃんのような格好をさせられている。

 

「あれ?ドレスの方がよかったか?ごめんなー、拳銃隠し持てるのそれが一番いいかなって思ってさ」

「違うって。俺くる必要あった?おっさんたち強いじゃん」

「何言ってんだ、あるとも。俺たちを守る以外にも、レオンが可愛い息子連れてきたみたいに見えるじゃないか。今日は美味しいもん死ぬほど食えるから、許してくれよ」

 

クロル・ベルセルクはあんまりにも童顔なため、ウルフ達が身分を偽る時に連れて来させられる。子供の前、相手も戦意をそがれるのを見越してだ。

クロル自身の強化にも非常に貢献している。いかなる凄惨な戦況や、壮絶な拷問も目の前で見させられている。精神面の成長率も相当なものだった。

 

「男じゃねーし」

 

表情をあまり変えずぶつくさと文句をいう彼女も、頭を撫でるパンサーとしては可愛い妹のようにも思っていたらしい。

 頭上では、40の文字が光る。ドアが開くと、総ガラス張りの中、コーネリアのビル群の夜景が360度に広がっていた。セレブらしい豪華絢爛な面子が集まり、嫌に上品な空気が漂っている。

 

「待っていたぞ、スターウルフ」

 

ウルフが受付の前で待っていると、奥からすっとした佇まいの男が付き人とともに姿を現した。黒いスーツに黒い羽毛、艶のある頭。それもそのはず、KSAの専務はカラスである。付き人の女も、聡明そうな美しさを持っていた。

 

「おや、ポワルスキーさん、今日はお子さんをお連れかね」

「娘のクロルだ。」

 

レオンがさりげなく子供扱いをしてきて、クロルは少しだけ驚いた。軽くお辞儀をすると、「君に似ず、実に可愛らしいな」と専務は微笑んだ。少なくともこの時点で、身分を偽っていたのは気付かれていたに違いない。

 

「初めましてクロルちゃん。専務のタオ・シャオジュンだ。そして彼女はマネージャーのフユコだ。」

「よろしくお願いいたします」

 

握手を交わすと、彼女の手のひらが硬いのがわかった。ウルフとこうやってまともに話す仲だ。背も高いし肩幅もあることから、二人ともただの大卒エリートとは思えなかった。

 

「お前にはつまらない話だろうから、あそこで食べ物をとってくるといい」

「聞いてるのはダメなの?」

「私の仕事を理解しようとする姿勢は嬉しいな。好きにしろ」

 

そんなこと微塵も思ってないくせに。と口を尖らせると、横にフユコが現れて、「私もご一緒していい?」と笑いかけてきた。4人は窓際に歩いていく。タオの自慢話から始まるようで、窓の向こうにはKSAの出資したという、コーネリアの再建記念碑の方へ行った。

 

「クロルちゃん、おいくつなの?とってもかわいいわ」

「いくつにみえる?」

「いやーん中学一年生くらいかしら。部活は楽しい?何部?」

「う、うん。バスケ部」

「やだ~それっぽい!短髪で元気いっぱいな感じ」

 

ーーーくっ、悪かったなガキで。それくらいに見えているのならまだいい。本当は小学校にすら通わず、親の入ってた海兵隊の手伝いをやらされていたというのに。

だが、ビュッフェスタイルとなると目が一気に輝き始める。この店を赤字にせんばかりに大量の皿を取り、抱えるようにして肉を乗せて行った。

 

「あらーたくさんたべるのね。いっぱいたべて大きくなってね~」

 

ーーー17にしてこの身長で伸びるかよ!!伸びるといいけどさ!

身も蓋もないことを言われ、頭を撫でられる。娘のふりをし続けなければならないのは百も承知だが、こういう母性丸出しの女に子供扱いされ続けるのはどれだけ持つかということだ。

ここは立食式のパーティだから、あまり多くの皿を持てない。…この場は、食うことよりウルフ達に意識を向かわせることにした。

 

「見たまえ」

 

 タオは懐から二枚折のタブレットを出し、同期しているデータを開く。デフトーンズの計画書である。最初に載っていたのは、誰が執り行うか、誰が指揮するかといった、もうほぼ彼が把握している情報である。

2ページ目へスワイプした。

 

「15日。…順次住民の立ち退きが始まんのか。それ以前に、KSAの話し合いすら目処がたってねえ状況だろうが。随分無茶な話だ、あと2週間は切ってる。」

デフトーンズは半ば強引に話をつけようとしてくるもんでな。かくいう代表幹部や社長も、殺し屋を雇われ命を狙われている。金で話がつけられない代わりにだ。」

「カタリナの連中はプライドで生きてる。金じゃ動かねえから、扱いづらい。」

「だがそのプライドを捻じ曲げて、お前さんに泣きついたと言うわけだ」

「何言ってんだ。俺はアンタんとこの30%株保有してんだぜ。しかし、随分余裕だな。こんな窓際で、堂々と俺を話しようなんてな」

「わざわざのを予約しようものなら狙われる。知り合いの学会講演のレセプションパーティの場を借りたまでだ。」

 

スターウルフの三人に囲まれていることに安心感を感じているようだった。

タオはウェイトレスのはこんできたグラスワインを受け取り、一口飲む。クロルは夢中で飯を書き込むふりをしながら、聞き耳は常に立てていた。

 

「コーネリアのマンモス不動産屋に、カタリナがおっ潰されるのを見てられねえか」

「500年前から惑星カタリナの面倒を見ている。全ての住民の生命線になり平和を脅かされることなく、平和維持に貢献することこそがKSAの使命だ」

「夢ならいくらでも語れる。俺が聞きたい核心もっと深いところにあるんだろ」

 

わずかに声色が低くなった。ピクリとしてクロルは手を止める。それを見越したかのように、フユコが突然話しかけてきた。

 

「クロルちゃん、新しいお料理きたわよ。ハーブの効いたハンバーグですって!ねえ、取りに行かない?やだ、もう並んでるわ」

「っ・・・客足がのいてからでいいって」

「あの分しかないみたいよ?勿体無いわ、いきましょ。もうお皿からっぽよ」

 

苦虫を噛んだような顔でクロルは連れてかれてしまった。ウルフはその様子にも勿論気づいている。タオは話を続けた。

 

「折角あちらから食いついてきた魚だ。あそこに天然資源があることも、メディア界隈にも公にしていることだったろう?」

 

危機に瀕しているとは思えない、むしろこの時を待っていたと言わんばかりに口角を上げた。

 

「そもそも普通の企業なら罠だと思うネタだが、その罠をなぎ倒してしまえるような実力があると、デフトーンズは過信しているらしい。そら、奴らもコーネリアではかなり名の知れたレジデンスグループだ。アクアスやゾネスの開拓事業からフィチナの気象コントロール装置も、自慢の種にはなるんだろう。だが他の産業に手を出せるほど、まだ成熟しちゃいない。食いつきっぷりを見てみろ、私からしたら、ドラッグに手をして悦に浸るティーンエイジャーそのものだ。

オドネルさん、ポワルスキーさん、カルロッソさん。あなた達をついに有効に使える日が来て非常に嬉しいよ。」

 

タオの本音がつらつらと出てくる。それは社長の言い分すらも代弁しているようだった。これが500年もの間、カタリナの零細企業を吸収して成長してきた会社の真の姿だ。

 

デフトーンズ地所を食う。」

 

気迫のこもったタオの目は、尋常じゃない空気にさせた。腹の中がわからないカタリナ人の、ギラギラした獣の瞳だ。

ウルフはやっと本音を吐いた、とほくそ笑んだ。タブレットの次のページに進むと、デフトーンズの雇っている民兵のリストが開かれた。遊撃手の他、銃撃戦に特化した組織もいくつか含まれている。サタイアが撃ち合いをするだろう組織も、この中に混じっている。

 

「上玉の遊撃手を雇っているが、お前さんにとっては毛ほどでもなかろう。レイ君という青年が武器の受け取りに来てくれたが、最新機もまけておいた。

大規模な殺し合いが起きそうだが、少なくとも執行役員のジョン・フルシチョフ、都市開発事業部長のダニエル・カートマンの首さえ飛ばせば、あとは私のものだ。」

 

紙の写真を二枚渡される。逆に言えば、いくら死人が出ようともこいつらを殺さない限りは金を渡せないといった意味にもなってくる。サタイアにはそれ位朝飯前だ。力を持て余し、望まない量の犠牲を出すだろうことも目に見えている。

クロルとフユコが戻ってきた。話が終わっていることに気づき、とても落胆したような表情を一瞬だけ見せていた。

 

「ポワルスキーさん、お子さんとってもいい子ですね!かっこいいお兄さんもいていいわね~」

「フユコさん・・・」

「みなさんお仕事はおすみで?お酒をご用意いたしましたわ」

 

レオンとパンサーが先ほどから一言もしゃべっていないことを気にしてのことだろうか。盆に黒ビールとウォッカを持っており差し出した。どこから好みを知ったのだろうか。

 

「あぁ、ありがとう。気がきく女性は本当に素敵だ」

「いやーんなぁにこのイケメン!嬉しいこと言ってくれるわねっ。」

「結婚するのだったら、君のような人がいいね。フユコちゃん」

「あぁ~んもうやぁよ~♪」

 

美人だということで、パンサーも口説きにかかっている。彼の歯が浮くような台詞にも、黄色い声を上げて喜ぶ様はあくまでも普通の女性だった。だがそんな隙も、微塵に感じられない。

嘘に塗り固められた女だと、彼は当たり前のように気づいていた。

 

「タオさんは今夜ここに宿泊されるんですか?」

「あぁそうだ。狭い部屋だが、新人時代を思い出すからとても好きなんだ」

「贅を好まない、素晴らしい姿勢だ。俺も少しは節約しねえとな」

 

用が済んだため、ウルフは「帰るぞ」と三人に言った。タオは勿体なさそうに引き止めたが、パンサーに適当にあしらわせ、四人は席を外した。・・・するとだ。エレベーターホールに、明らかに目つきが違う輩が何人かまとまって壁を張っていた。見覚えがある。どこぞの遊撃隊だ。

ウルフたちが出てきたのを見ると、示し合わせて大きな足音を立てて横を通り過ぎた。

 

「クロル、殺れ」

 

彼女がうなづくと、振り向いて流星錘を投げ、敵の頭を砕いた。バキだか、グシャだかの音が響き渡ると、他のメンバーが一斉に後ろを向く。隊員が倒れる瞬間するりと拳銃を抜いて、背の高い三人がクロルの頭を通り越し、拳銃を一斉に発砲した。

さながらパイロットの腕。撃ちつけるほとんどの弾が命中し、次々と男たちは倒れていく。バーの中へ逃げ込もうとする輩は、何者かにはじき返され流血しながら壁にぶつかった。

 

「いやですわスターウルフのお三方、銃撃戦はロビーでお済ませくださいね?」

 

穏やかな口調のまま、流れ作業的にとどめを何度も加える。返り血が黒いドレスにバシバシと当たるのを全く気にしてはいない。

 

「タオ様もおかえりですわ。さ、道を開けなさい畜生共?」

 

腹立たしさを全く隠しながら、威風堂々とした顔でタオは見物に顔を見せた。気迫に圧倒されつつ、屁っ放り腰で隊員が銃口をタオに向けると、クロルがすかさず腰の下に潜り込み、隊員の首元に全身で掴みかかった。

 

「グッ!!!離れろクソガキ!!」

「こんなのが山ほど出てくるからぶっ殺せってことだな!タオ専務!」

「はなせゴラ!ぶっ殺すぞてめえ!!」

 

タオがにっこりと微笑み、クロルにうなずいた。

暴れる相手の首を掴み、80度ほど回転させボキリと折る。力を失い倒れこむ男の頭に、改めて銃弾を打ち込む。レオンとパンサーはその残りを処分し、屍体を蹴って道を開ける。ウルフがエレベーターの下ボタンをおし、少し笑って手を差し伸べた。

 

「お先にどうぞ。本日は貴重な話をどうも。」

「オドネル君、期待しているよ。」

 

頭をさげ、見送ると、面白そうにウルフたちはニヤニヤと笑っていた。何が起こったのかよくわかってないクロルを、「帰るぞチビ」とウルフは首の後ろを猫のように掴んでエレベーターに乗った。

一階へゆっくりと下っていく密室の中、ずっと彼らは笑っている。

 

「なあ、結局あいつは・・・いい人なの?悪い人なの?」

「はは・・・何、この世に正義と悪を決めること自体無意味じゃねえか。いいかクロル、俺はあの調子乗ったジジイから少しずつ搾取している。そのうち、大口を開けて本体に食らいつく予定だ」

「・・・?・・・?」

 

怪訝な顔をする彼女を、パンサーがなだめるように可愛がった。

 

「スターウルフのポリシーは、獲物が弱るのを待つんじゃない。獲物が丸々太ってから狩る。サタイアはまだチンケな奴らしかやれてないぞ」

「それは・・・俺たちが太るまで待ってるのか?」

 

ウルフがさらに続ける。

 

「それも少なくとも考えたが、お前らが太るまで俺たちは待てねえ。狩ったとしても、カラスより旨味も食いごたえもねえ。

カタリナ人は周囲を見くびる癖があるな。チャカ作ってる癖、この世は力が全ての世界だということを忘れたようだ。クク…、応援してるぜ。そのまま骨までしゃぶり尽くしてやる」

 

クロルには、ウルフがサタイア一つ動かすだけで非常に大きな利益を手に入れられることを、すくなからず感じられた。好きなだけ金を使えるこの環境が見返りとしてある中、そのカゴの中で喜んでいるサタイアのメンバーを他所に、ウルフはより巨大なものを動かしている。

真に自由なのは、彼なのかもしれない。

 

ーーーーーーー

 

 

 

 

哲学とは

時間の流れに心がついていかないまま、私はいよいよ22歳になろうとしている。

ネット世代はとくに時間の感覚が早いと言われるが、私もそれのまた一人であり、情報の波をコントロールすることすらままならず、翻弄され、成熟することができなくなっている。目の前の情報は幻惑だ。SNSを始めると、その幻はさらにまことしやかに惑わしにかかる。

私が成熟できていないその間、ひと足お先にと、さまざまな人が死という最後のステージに到達している。

 

父の場合、叔母の場合は、そのあとの段階に葬式や通夜などという儀式をはさみ、心の整理をつけられた。だが、血の繋がっていない者の死にはなかなか介入することができない。

 

そして死とは厄介だ。

 

出会うタイミングに予想などつかない。突然の別れのタイミングは、人の心に大きな打撃を与える。

私に死神や死相なんて見えやしない。この平和な日本にいながらたくさんの死のシーンを見届けてきたが、早い段階で死を理解するどころか、経験するごとに、さらに奥深くの深みにはまっていく。その時にある大きな感情を一つ知るごとに、芋づる式にわからないことが増えて行く。ドライに割り切れればいいものの、非常に子供っぽい芸術家の性分のせいで、好奇心が死の世界へ引きずり込んでいく。

仏陀やキリスト、そして後世の多数の思想家や宗教家は、どれだけの死をみて、死の解釈や哲学を学んだのだろうか。彼らの敏感すぎる感受性は、死を前に使命感を抱いて考えたのだろう。そして段階をふむごとに、死をどう受け入れるかの解釈のみならず、今をどう生きるか、に重きが置かれている。

仏教の戒律であったり、フランクルの人生における目標であったり。それは強い使命感と、究極のリアリズムがそうしているのだろう。

いつしか彼らの思想に足の指の先がつっこめたら嬉しいと思う。

 

次はごく個人的なこと。

もっと生きたかったよね。これから出会うものは何であれ、求めるということができるのは生きているうちだけだったんだ。

生活から抜け落ちた足音や姿かたちすべてが、すべて重々しい空虚にすげかわっている。父が死んだ時は、私が起きたあとに聞こえてくる足音、朝食の席、駐車場からでていくはずの車の音がすべて動かずにとどまっている。これが不気味だった。

日常から父の存在が失われたことで、家の隅々から悲しみがもたらされる。辛いのは葬式が終わった後、日常がやってきてから。

 

私が廃墟を書こうと思ったのは、この不気味で悲しい虚の存在があったからだ。闇の吹き溜まりには悲しみが伴い、やがて自分にも迫っている影が映し出される。一生をかけて、描き出されたモチーフに、死生観が投影できればいい。日本画家としてやっていくつもりはあまりない。

絵画制作こそ私の哲学である。