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オリジナル獣漫画描いたり、スターフォックスだったり、映画だったり音楽だったり

 

 

 

 

 

EYES WIDE SHUT/2

    薬莢を拾う青年

 

 

 タケルスは、訓練で地中海上空を飛んでいる真っ最中、ふと一人暮らししている自分の隣には、誰もいないことに疑問を持った。男だらけの軍隊にいて、訓練がおわり非番になれば家に帰る。目立った戦闘もなく、日々のローテーションはサラリーマンのそれと一緒だった。

入隊してからというものの、アンドルフの事件直後いまだ4年ばかり。コーネリアどころかライラット系は平穏を極めており、復興に希望を見出し、人々は目を輝かせていた。

 

「ラナ・ラム・・・か」

 

刺激を求めてかつての友人の消息を辿っていると、ある女が彼にぴったりとくっついていることがわかった。切れたナイフのような、危なっかしげなあの顔を思い出す。

隊形を組んだまま平行線をたどっているので、試しに彼女の未来を占ってみた。

 

ーーーこうなること位、わかっていたんでしょ。さあ、死ぬ前に何か言うことは?

 髪の長いカッターシャツを着た女が、随分年を食ったウルフの頭に拳銃を突きつけている。

ーーー当たり前だ。俺だってそうやっていくつも腐肉を喰らってきた。ここは力の世界においては…その椅子取りゲームのルールは、何も間違っちゃいねえ

ーーーそう。おやすみ

ーーーだが煮詰めて出したような姿だな、かつてお前が死ぬほど嫌っていたクソ二人にな。

人差し指に力を込めた瞬間、彼の言葉に女は目を細めた。今までに見たことのないような、妖艶な美女だった。タバコの紫煙が燻り、ウルフの膝の上に灰が落ちる。

ーーーひとりは俺だ。慕ってくるバカに適当な慰みを施し、死のうが生きようが使い捨て。お前には屍体は生理用品にしか見えねえだろうな。それが証拠だ。

ーーーフン、あんたまではまだ排卵の段階だよ。何の役にも立ってない不要の長物。私はこれからあんたが動かしてきた百億のガキ動かして、兆の子供を産む。

ーーー血が繋がってちゃ似たようなこと言う。あたりめえだな、奴が産んでたのは国滅ぼし掛けた

 

『タケルス!!何してんだお前は!』

「っはぁ!あ・・・・え!?すいません隊長!!」

 

隊形を大きくずれていたのにやっと気づいたタケルスは、ビルの怒鳴り声にやっとハンドルに力が入る。国を滅ぼし掛けたと聞いては、気が気ではない。だが二人の年のとり方を見るに、いつ起こるか、何が起こったかなんて見定められたものじゃない。

自分の未来予測の力に疑いはない。ただ先ほど、未来に起こるとんでもない事件の片鱗を垣間見た気がしてならなかった。その中、隊長の声はレーダーだけを見ろと急かし、その夢の続きをみることを許さなかった。

 

「…そういや、アカツキ元気かな」

 

同じクラス、ハンドルを溶かしながら空を飛んでた、あの赤い暴れん坊。あんなに仲良かったのに、戦争の煙と血しぶきと共に、花火みたいに目の前から姿を消してしまった。

明日は非番だ。・・・明日、彼がどういう動向なのかは、タケルスにとって読むのは容易だった。

 

 

 

ーーコーネリア第2区、セントラルステーション構内。

黒いパーカーの背中を、小さな影がつついた。キャラメルの砂糖がついた指で、ポップコーンを片手に持つ緑の尻尾がゆらついている。

 

「よっ、昼間に俺を呼ぶってことは、おごってくれるってことだよな?アカツキ。」

「ったく、・・・ウルフには十分な金は持たされてるぜ。好きなだけ食え」

 

3時間前には、死ぬほどウルフから作戦とターゲットの話をされて、アカツキの頭はパンク寸前だった。ウルフの耳はレコーダーかよ、と思いながら、呆れたようにクロルの頭をぽんぽんと撫でた。いつもなら口をとがらせるクロルだが、今日は反応が薄かった。あながちウルフに深夜まで連れまわされた結果だろう。

 アシッドから送られた旅券を片手に、一行はクロルの空腹に委ねられた。

 

「で?何が食いてえんだ」

「うーん、サンドイッチ。あとソフトクリーム。パンケーキの上にどっさりのやつ」

「カフェか?お前の食欲じゃ店潰すぜ」

 

ターミナルの中には二階にカフェバーがある。そこに行けばクロルの求めるだろうメニューがあるだろう。若者らしいデルの可愛らしい声を引き連れていれば、卒業旅行にきたような高校生にしかみえないだろう。エスカレーターに乗る若者の集団が、これからライラット系の武力に携わる大企業と対峙しようとは到底思われるまい。

大人数だったので逆に店員に気を遣わせたが、火曜日で空いているターミナルを見たら、7人だろうがなんの差支えもなく席に座れるだろう。

 クロルが何遍もウェイトレスを呼び、皿が開く前に彼女の仕事を増やしていたところだ。アカツキが暇を持て余してドリンクバーに水を取りに行くと、ある人物が目にはいった。

 

「便所にたったついでに…なんだあいつは、くだらねえ相手に。」

 

絶句してしまった。その目線の先には、4年前には親しくしていたあの親友だ。しかし、あっちが一方的になついていたにしろ、今会いたいという相手ではなかったが。むしろ、今の顔色すら見せたくなかった相手ではあった。

久しぶりの邂逅であれ、彼は非常に格好悪かった。軍人の服を身にまとい、自分の上司の上司の悪口を聞き入れて殴りかかるとこだった。

 

「隊長のことを悪く言う奴は許せねえな。表に出ろクソリベラル野郎。」

 

軍の服を身にまといつつ、一般人につかみかかっている軍人ほど間抜けな様はない。強大な力を行使してまで相手にするタマではないはずだ。アカツキは傍観者を装い、なるたけ気配を消して歩き去っていくところだった。

 

「オイ、他人のふりして知らんぷりか?アカツキ。」

 

小便をもらしかけている一般人を壁に放りなげ、見透かしたようにこちらへ振り返る。見慣れた眼帯のカナリアが、こちらに整った顔をお披露目した。カナリアのくせに、あの頃と変わらず声はガラガラで醜い低い声だ。

 

「久方ぶりだなバカ犬ぅ」

「お前こそ、養鶏場で野垂れしんでるのを祈ってたぜ。」

 

タケルスが店長をなだめたあと、アカツキの首に馴れ馴れしく腕をかけた。14の頃と変わらない身長差になんら違和感を感じなかったが、研ぎ澄まされた目つきの悪さには感服した。

ーーーこいつは防衛軍のパイロットになったのか。それなりの手練れにはなったんだろうな。

アカツキは昔のようには警戒を解かない。サタイアにある立場としては、タケルスは今や敵の存在である。

 

「おーっす!みなさん初めまして、タケルス・パトリック・エゲルートだ。レイとパイセンはめっちゃ久しぶりだけどな!どうぞよしなにー。」

 

馴れ馴れしく椅子を持ってきて座るあたり、昔と何一つ変わりはしない。行動の裏には、別の様相が潜んでいるというわずかな要素だけがアカツキを緊張させていた。レイとカイルはとても嬉しそうに再開を喜んでいたが、カイルは裏の疑惑を潜ませていることが表情から読み取れていた。

・・・幼馴染だろうが、後輩だろうが、犯罪者の手前、油断はできない。

 

「あはは、レイもずいぶん変わったなー。声変わりしたか?」

「あぁ、あの頃みたいになめられるのはごめんだよ。タケルスも、軍にはいって随分たくましくなったな」

「そりゃーな!訓練詰めで男っぷりに磨きがかかることだ!中等部の時からみてなけりゃ、男らしくなるのもあたりまえだぜ。今レイたちはなにやってんだ?女の子連れてさぁ、カタリナに帰るとこか?」

 

こいつは口が上手い。嘘をつけないレイをフォローしようと、カイルがすかさずとぼけたことを言って、タケルスの意識をそらす。

 

「デルちゃんはこれからカタリナ旅行でさ、俺が案内することになってんだよね。モテキ来た感じだよ!俺もついに勝ち組だ!」

「は?!パイセンが女の子と遊ぶとか信じらんねえよ!その子いくつ?」

「二十歳だよ!俺より一個下だし、まさに運命じゃん?」

「うっわ、ありえねーすよ!可愛いのにパイセンと付き合うってさ。」

 

軌道を逸らされてもあの時と同じような会話を繰り広げる。タケルスがガレットを頼むと、アカツキは間伐入れず直に呼びだされた。低い声で、それもこれからやらんとする何もかもを見透かしたようなそんな口調だった。

 

「ようよう、景気よく高いバーに入って昔の仲間引き連れてると思えば、ヤクザの鉄砲玉か。お前が何をやってるかは俺の目を通せば一目瞭然だ。俺の頭にアカツキ・グレンディアのワードが揃った時点で、動向がどうなってるかなんて寝ててもわかるんだぜ?」

「ストーカーまがいの事を相も変わらず俺に仕掛けて来るんだな、タケルス。安心したぜ。これであらためてお前の頭をひっぱたける」

「冗談じゃねえよ。昔のお前の腕の太さと大違いだ。今その腕に叩かれたら、頭蓋骨は粉々だっつーの。賢い俺はそれを見越しての忠告に来たんだよ」

 

怖じ気付くことなくつらつらと言葉を並べるタケルスには、未来が読めているだけの余裕があった。彼の能力については、アカツキにしか知れたことではないからだ。どれだけ的中するかも、4年前からとっくに知れたことだからだ。

 

「お前の姉ちゃん、生きてるぜ。」

 

全身の神経に衝撃が走った。

タケルスはとんでもないことをさらりと言い捨てやがる。かねてからその無神経さには何度も驚かされたが、今回に限っては、アカツキの最も注意を引くものであった。

 

「な・・・・どこで、今何をしているっていうんだ!」

「そこまでは知らねえよ。お前の姉ちゃんにはあったことねえから。ま、会うことは確実だ。俺の見た無事な姉ちゃんの未来は、お前が俺に従い動いた後の未来だ。見つけようとしなけりゃさ、もしかしたら真実じゃなくなるかもよ?」

「オイコラ、ホラふくんじゃねえ。俺を利用したくてタレコミしたつもりか?」

「んなわけねえだろ?俺の目の的中率をしってるくせにさ~。俺の方でも探すってば、なあなあ、連絡先くれよ」

「ウゼェ、燻製にすっぞ」

「あの頃みてえに遊ぶのもオツじゃねえか。積もる話もあることだし」

「俺は話すことなんてねえぞ」

 

ニヤニヤとタケルスは相変わらず笑っている。まるでこれからカタリナへ向かうのを見越したかのように、タケルスは現れたと言っても過言ではない。それだけの能力を持っているのは百も承知だ。自販機のルーレットが当たるかどうかを見破るくらい、簡単なものだ。

タケルスにとっては、当たってサービスになる飲み物と、殺し損じられ生き残った命は同等だ。

 

「73区でスーパーのレジ係をしながらも逞しく生きてる。同棲している恋人はKSAの工場勤めだ…デフトーンの立ち退きが行われれば、食いっぱぐれるんだろうなァ。」

「・・・姉貴が?」

アカツキはこれからドンパチかまして、血まみれの中姉ちゃんと会うんだろうな。問題はねぇ、KSAの工場は10年20年と存続するさ。サタイアのおかげで救われる」

「タケルス、デフトーンズ地所は?」

 

トイレで手を洗いながら、念入りにドライヤーに手を突っ込みこう答える。

 

アカツキの予想する通りだ。お前、頭いいからさ。」

「…。」

「心が読める俺から、いっこ忠告しとくぜ」

 

見通す目があるというのに、核心的なことはいつだってこうやって濁して逃げる。

 

「どいつも薄れ目あけて見てるくらいだと思っとけ。」

「あ?」

「見えねえふりすんも愛だ」

 

俺って最高だぜ、と捨て台詞を言うとタケルスは席に戻っていった。ラナの身辺調査をしたいのか、隣に馴れ馴れしく座り、質問攻めに合わせていた。ガレットが来ようが、アカツキとどういう馴れ初めで付き合ったのかなど、ラナが一番嫌いなお節介な内容ばかりをタケルスはふっかけていた。数日前、風俗のババアに話しかけられたようにラナは顔を引きつらせていた。

 

「…ラナは秘密主義者なんだよ、バカタケ。」

 

タケルスを幼馴染として邪険にできないラナを、面白さげに見守っていたアカツキでもあるが。

 

 

 

 軍人に見送られ、カタリナへの便へ乗ったサタイアだった。座席に座ると、数分ほど、いやな沈黙が漂う。グランドホステスがコーヒーをを運びにこようが、凍りついた彼らの空気は動じようともしなかった。

そんなアカツキの左隣、窓際でため息をつくラナへちょっかいをだそうとした。

 

「馴れ馴れしいトリだな…。カナリアの癖、ハスキーな声の…」

「あいつは仲間思いのいいやつだ。うざい時が8割を占めているがな。…要するにあいつは可愛いバカだってことだ。お前が大人なばっかりに断れない立場だってことも承知の上でだ」

「タケルス・パトリック・エゲルートだっけ。…あいつ初対面ってツラじゃなかった。こっちをなめきったような表情をみるに、これからなにするかお見通しだってくらい、ムカつく顔だった」

「頭がいいな、ラナは」

 

カタリナのポートターミナル駅に行くエアバスの中、アカツキはラナの勘の良さに先を案じていた。どうか、タケルスと撃ち合うような仲にならなければいいが。

ーーーそうなったら、百戦錬磨のラナに、コーネリアの歩兵であるタケルスの脳味噌は砕け散ることになる。

いかなる状況に陥ろうとも、アカツキに対して危ない女だということは、とっくにタケルスの想像にはついていたということだ。それなりに頭の効く彼ならば、茨の路を裸足で歩くことはなかろう。

 

「ここからカタリナまで10時間だ。…飛行機の中くらい、俺の肩を枕にゆっくり寝ろ」

 

アカツキが甘い言葉を囁くと、4歳上であるというのにラナは顔を赤くした。いつまでもウブな彼女だが、彼にしては素晴らしい女だった。眠りにつけば、自分の姉の所在について深く考えはじめる。

グレンディアを名乗る家族が生きている。アカツキはそれが気がかりなだけに、一睡もすることはなかった。

もし姉に会えたとしても、どういう顔を合わせればいいかすらも考えていなかったからだ。

 

 

 

 

 

 

ーーーー惑星カタリナ東部、第一自治区

規則正しく並んだ民家の屋上、サタイアは3つの部隊に散り、10時間監視をして張り込んでいた。

 

「こちらアカツキ。動きに変化はねえ。…コンビニに水を買いに行った。」

『こちらレイ、了解。引き続き監視を続けろ』

「了解。」

 

とはいいつつも、波風立たぬ春の陽気に、アカツキは退屈していた。戦力を分散させるつもりでセリヌと二人きりにされた彼は、居心地の悪さにタバコを吸っていた。彼は非常に几帳面で、大雑把な彼とはぶつかりやすい立ち位置にあったからだ。

 

アカツキ…ラナの真似でタバコを吸い始めたのならやめろと言ったはずだ。もう彼女は禁煙してるぞ。不愉快だ」

「そういわれても、一度始めたもんは止められねえよ。銃をもったその時と一緒だ」

「トリガーを引くのはお前次第だ。ファイターがバカなら銃も報われん」

 

セリヌは皮肉たっぷりに言葉を走らせる。アカツキはその度に青筋を立てるが、反論しようにも彼の理論には勝てやしない。

 

「国公立大エリートの坊ちゃんが舐めた口聞くんじゃねえ」

「僕は低所得者層かつ母子家庭の出身だ。奨学金情報科学系に進学したにしろ、ドロップアウトして結局はヤクザの片棒を担いでる。アカツキとは同等のレベルだ」

 

罵声ですら先走りして自ら唱えてくるあたり、常に脳味噌が余っている輩だ。セリヌ・ハドソンは、サタイアの中でも突出したエリート層の人間だ。性根ばかりは、生まれ育った家柄が染み渡っているが。

アカツキは見たことがある。自動操縦を搭載したすべての戦闘機を指一本で支配し、そのパイロットが死ぬ様、勝つ様に興奮し、鬼畜の笑みを浮かべるセリヌの顔を。その後に彼に仕組みを聞けば、将棋の五目詰に沿ったプログラムに基づいた何物でもないという。

・・・セリヌは頭の利く悪党だ。銃声が鳴り響く殺し合いの現場を、神の視点からボードゲームを見ているだけにしか思えない。

 

「あのトリとはどういう関係なんだ」

「トリ?随分タケルスは好かれてんな。」

「奴は軍人だぞ。ならず者の一端を担う僕らとどういうつもりで接触したのか、知りたがるのも当然の事だ」

「どうでもいいことだ」

「事細かに説明しろ。」

 

タバコを落とし踏んで消すと、望遠レンズを両手で覗き込む。

 

「俺は第2自治区の出身だ。あいつは73区行きのチケットを見て、俺の家族の話をふっかけてきた」

「それで?」

「死んだはずの姉貴が、生きてるだとさ」

「そうか。なにを根拠に?」

「どうせ夢でも見てんだ。俺は信じねえ」

 

目の事は長くなるので説明するのも面倒臭い。セリヌ相手ならまだしも、他のメンバーは危機感を感じ騒ぎ立てるのだろう。殺すか、潰すか、晒し上げる。なるたけ話を大きくしたくはない。

 セリヌにしきりに続きを請われたが、話から意識をそらすようにレンズの向こうのターゲットを見つめた。

 

「・・・! セリヌ、動いた。南の交差点へ行くぞ」

「了解。GPSがオンになった。うむ、奴は土地勘がないな。この町においては瞎同然だ」

「こちらアカツキ。ホシはメインタワーに向かう、追いかけろ」

『こちらラナ、了解した』

 

回線を切ると、レイはエンジンをかける。ピザ屋のラッピングをしたミニバンだが、後部座席ではラナがマシンガンの弾を肩にかけており、非常に物騒な雰囲気が中に立ち込めている。カイルはアサルトライフルに弾を込め、安全装置をおろして背中に担ぐ。

 

「ラナー、今日の銃は?」

コルトガバメントとワルサー。」

「へえ、サツらしいラインナップだな。マグナムとパイソンは?」

「あれは重い。一撃で仕留める時にしか持ってかないんだ」

「ラナちゃんもずいぶん非力になったんだにゃ~?」

 

気配を示さずに、カイルの頬を銃口で叩く。金属のつめたさに、血の匂いがかすかに染み付いている。

 

「お前、撃たれてえか?」

「ちょっ!なにしてんの~!あははそんなのでほっぺプニプニしないでくれよ~!」

「ラナ!カイル!もうすぐターゲットの車両が見えるぞ!」

 

ばっと二人が振り向くと、ナンバーに黒い遮光板が貼られている車がみえた。白いバンだ。おそらく、雇われた民兵が数人同乗しているところだろう。

 

『こちらデル。きこえる?追跡車両周辺には、ホシの味方はいないよ。メインタワー屋上から見てるけど、レオンさんからもらった特徴の車はいないわ』

「こちらレイ、ありがとう!・・・なんか食べてる?」

『んふゅ~、怪しまれちゃならないしタワーホットケーキたべてるの』

「まったくぅ…仕事中だっていうのに。まあいい!奴を追い詰めるよ!」

 

レイが声を上げると、60キロ制限の道路で突如アクセルを踏み込んだ。彼の唯一かっこいいところである。まばらに走る車を荒々しく避ければ、車内は左右に大きく揺さぶられる。ラナが左窓から頭を出すと、ガバメントを片手で持ち、トリガーを引いた。

 

「おぉっ!すごいね!」

 

車2台分離れた車の屋根に命中する。威嚇射撃として放った弾丸だったが、相手はさらにスピードを上げ、逃げ腰の姿勢だ。

 

「追え!!」

「上等だ!カーチェイスは僕の得意中の得意だぞ!」

 

奴はスピードを上げるが、途中の信号や遅い車を避けるたびに減速する。その時点で、レイの勝ちは決まっていた。130キロをキープしつつ、急速に追い上げていく。すぐ真後ろへ追い詰めると、その先には立体道路との分岐点が待ち受けている。ほとんどが市街地方面に向かう車のため、降りる道に奴を追い詰めたい。

 

「ひゃっほー!カタリナの治安維持部隊も追いついてこれねーな!金髪の走り屋だな!」

 

カイルのテンションがあがり、調子をあげられると、レイは右横の立体道路専用車線に入り、並んだ。やるならよくてあと数分、運が悪ければ数十秒の戦いだ。

レイがギリギリと道を詰め、思い切り車体をぶつける。顔に似合わずかなり荒っぽい戦い方だ。そして相手がライフルを持ち出すと、即座にラナとカイルは天井を蹴り飛ばし顔を出した。

 

「顔をだしなうすらハゲども!!アーッハッハハッハ!!!」

 

テンションのボルテージが振り切った状態で、カイルはマシンガンで相手車両に集中砲火した。薬莢が飛ぶごとに窓や車体が次々と貫かれる。もちろん相手も黙ってはいない。カラシニコフで打ち返され、とっさに二人は頭をさげる。車体には風穴が空いていた。

 

「カイル、マシンガンであぶりだせ。私はそこから一匹ずつ仕留める」

「おうよ。俺が殺すのもアリだな?」

「当たり前だ!!」

 

爆笑しながらマシンガンを放ち、少し止ませれば、その間に敵は恐る恐ると顔をだす。それを、カイルの無数のマシンガンが砕き、生きているものは一匹残らずアサルトライフルでぶちのめされる。

 

「そろそろジャンクションだ!急げ!車間を詰めるぞ!!」

 

これからどんどん奴は奥へ奥へと離れていく。ギリギリのポイントまでに、あの車を止めてしまいたい。距離を詰め、カイルのマシンガンはますます唸りを上げる。

 

「いったれ!ラナ!」

 

ラナは体制を低くするカイルの肩に膝を乗せた。そして、猟師のように狙いを定める。

ーーー相手のフロントガラスに、血がバスリと広がった。

うまく曲がれない車は立体道路の柱に衝突し、爆発した。

 

「当たった当たった!ラナの命中率はんぱねー!」

「おまえもそろそろ銃に慣れろよ。マシンガンをそんなガキみたいなテンションで扱われたら、危なっかしいにもほどがある」

 

そのまま速度を落とし、市街地方面へ向かう。後ろから治安維持部隊のパトカーの音が聞こえて来る。安全走行で、逃げ切らなければ。

 

「みろよ、カタリナのポリ公の必死度の低さ!コーネリア警察見習えっつーの。賄賂汚職でがんばってんだぞー!アハハハ」

「いっとくがコーネリア警察は速度違反なんて取り締まらないからな。大して」

「ラナは主にだれ逮捕してたの?」

「わたしらみたいな下っ端ヤクザだ」

「ぷっ!くくく・・・」

 

レイが前で吹き出すと、カイルもつられて笑い出した。彼もずいぶん悪っぷりが板についてきたものだ。汗ですべる手をズボンでぬぐうと、懐に入っているデバイスを手に取りレオンに連絡した。

時間通りとでも言わんばかりに、2コールばかりですぐに彼の顔が映った。

 

「こちらレイ、ヘビークラウド安全保障を撃滅。爆発、運転手並びに戦闘員の死亡を確認」

『ご苦労。ミニバンは?』

「かなり損傷している。タイヤのせいでひどい揺れだった、あの車は」

『迎えの車を用意させる。車が来たら日が沈むまでどこかに隠れ、それまでカタリナの名物の夕日でもみていろ。』

「了解。」

 

肩を撫で下ろそうとレイは息を吐いたが、カイルに後ろから頬を叩かれ、治安維持部隊の車両に意識が向いた。大慌てでアクセルを踏むと、再び荒々しいドライブが始まった。

タイヤを鳴らし、日が傾き始めたカタリナの大地を駆けた。

 

 カタリナは空気が澄んでいるが、空気がちがうのかベタベタとしがちだ。水の質はコーネリアよりも硬いようで、手先が洗うと乾燥しがちになる。街全体が食い物屋が多く、露天商も常にうまそうな匂いを漂わせていた。

夕焼けが差し込む中、ほぼ開け放たれた汚い料理屋で、レオンに続きの指示を受ける。

 

『今日してもらうことは3つ。深夜にカタリナ第1区の中華飯店で会議が始まる。それを拝聴するもう一つのマフィアを潰すことだ。』

「名前は」

『五艇会というカタリナに根付いた奴らだ。五艇の戦宙艦を持つ戦闘集団だが、蓋を開けてみれば近頃は運び屋くらいしかやっておらん。我々のシマがカタリナにない理由は奴らにある』

「じゃあ五艇会を潰せば…スターウルフの威信もさらに強くなると…」

『それは副産物に過ぎん。今回はKSAの用命あってこそだ。我々三人はタオの護衛、お前たちは午前1時、燦星ホテル21階のスイートルームを襲撃しろ。長の首を一つとってこい。』

「わかった。…作戦は、この後立てる。」

『頼んだぞ』

 

レオンからの通信が切れると、一斉に麺を啜り出した。彼の聴いている手前、イライラさせるような種はできるだけ無くしておきたいのがサタイアの本音だった。ウルフやパンサーよりも、レオンと話す時が最も緊張感が漂う。しばらく無言で7人は食事にがっつき、粗末なテーブルとパイプ椅子はきしんでいた。

 

。」

「ラナ食べないの?もらっちゃうぞー」

「あ、あぁ。かまわん」

 

石畳で舗装されていて、アスファルトの道路はひび割れ、足元はがたがた。砂埃がひどく、激しい漢字のネオンがそこらじゅうで主張する。人々は金持ちそうな奴のポケットに目をぎらつかせているし、売春婦は日も高いうちに道で腰をくねらせ、薬の売人がうろついている。かつて居たコーネリアの31区に似ているが、こちらはとても乾いている。混沌がひしめき合う、第一自治区の都市の郊外だった。

しかしこの街の混沌は悪い気はしない。コーネリアの低所得者層よりもさらに貧しい生活をしているが、逞しく、エネルギーに溢れている。

 

アカツキのルーツは、ここにあるのか?」

「ん?俺は第二自治区だ。ここと同じくらい貧富の差はでかいが、潔癖なところだったからどこもかしこも綺麗なまま放置されてる。」

「そうか

 

レイが箸を置くと、食べ終わったようで水を飲んだ。そして、アカツキを言いづらそうにじっとみる。

 

「あのさアカツキ、これからさ五時間くらい時間がある」

「どうした、なんかしたい事でもあんのか?」

家に帰りたい。」

 

カイルの手も一瞬止まったが、聞こえないふりをして辛味のきいたスープに再び無言で口をつけた。二人の緊迫した表情に、なぜだか気まずさがテーブルの下にたちこめていた。

たべこぼしで汚いコンクリートの床にラナは目を落とす。

 

「再建費用もなかった奴らがバラック立てて住んでる廃墟だぞ。治安も悪いし安心できるところじゃねえ。」

アカツキから安全って言葉が出てくると思わなかったよ。まだ潰れて4年だ。雨風をしのいで身を隠す場所もあるはずだよ」

俺は用はねえ」

 

行きたくないという気持ちを前面に出されている。自分の故郷の地上げ、タケルス、姉との邂逅…彼にとっての不安要素は、それだけでも十分だった。そしてレイすらもこんなことを言ってくる。

レイの両親は、カイルの両親はコーネリアへ移住し細々と暮らしている。それでもしっかりと地に足をつけて生きている。

 

「余計な奴に顔を合わせたくねえんだ。自分が何なのか、胸に手を当てて考えてみろ。これまでの所業はなんだった」

「…」

「車で暴れて銃ぶっ放して突き落とす。何百人もの殺しに助力し、そのうちの何人かはお前が手にかけたもんだろう」

「それが始まった場所に行って、もう一度清算したいんだ」

「…あんだと?」

 

レイは精神的にかなり強くなっている感じはあった。昔は可愛らしく、悪く言えば女のようにか弱く、アカツキに対して常にイエスマンに徹していた。

だが今はどうだろうか。…自分の意思を、はっきりと口にする。

 

「僕だってアカツキだって、みんなそうだ。なりたくてこんなヤクザの鉄砲玉になったわけじゃない。もうとっくに殺し屋の軌道に乗ってる、…じゃあ、誰がトリガーを引いたんだ?どこでこの地獄までの道に発射したんだ?」

「…」

「本当は僕らは高校に行って、大学受験をしたり防衛軍に入ってた。それを、戦争はシャッフルしたんだ、そこそこの給料と安全を手に入れているはずが、死と隣り合わせのと大金持ちの暮らしになり代わった」

 

頭の中に、タケルスの言葉が響き渡る。ースーパーのレジ係をしながら逞しく生きてる。

 

「バカいうな。…戦争でシャッフルされようが、普通に生きている奴がほとんどだ。精一杯、なけなしの金で歯を食いしばって生きてる奴が」

「…人を拳一つで殺せる立場なのに、そんなこと思いつくんだ。…もう僕にはそんなの考えられないよ」

「だから、少なからず心の奥底で望んでいた結末なんだよ。だからこれ以上自分の人生に理由をつけるな」

アカツキは何もかもぶっ壊してでも手に入れたいものを手にした。色恋も、全く狂気の沙汰だよ。一方で僕はそんなものなかった。とりあえず生き残るためにアカツキとラナさんの間を割って入ったけど、ウルフさんに言われるがままして大金を手にしたけど、…その先は虚しいんだ」

 

アカツキは追加で頼んだチャーハンが置かれようとも、レイの手元をじっとみていた。

 

「もう50台だったらわかるんだ。けど、中途半端な力でこの先生き残って、こんな何を手に入れたいのかわからない人生をダラダラと生きるのは…苦痛だ」

「何言ってんだ、サタイアでも突出したメカニックだろ」

「力ではみんなに勝てるわけがない。ライラット系を支配する武器職人がウルフの隣にいる。機械に強いセリヌもきた。できることと言ったら、車の運転くらいだ。…もう一度、探しに行きたいんだ。」

 

たった4年、されど4年だ。アカツキやカイルは大きく様変わりしたが、レイは一人だけ縦に引き伸ばしただけのような思いでいたらしかった。

 

「私は賛成だ。…アカツキが行かないなら、私だけでもレイに付いてく」

「…ラナさん」

「実家って言うのはなにもかも引き出すからな。…片鱗だろうが、いいことも悪いことも思い出す。」

 

食後のチョコミントアイスが3つやってくる。口に頬張りながら、クロルもラナに賛同する。

 

「俺も行くよ。ぶっちゃけると、実家っていう概念がないからさ。どういうもんか知りたいんだよ」

「クロルは実家がないのか?そういえば…随分前に軍人だって言ってたような」

「親父と兄貴が特殊部隊の輸送チームの幹部でさ、いろんな惑星に引っ張り回されて手伝わされてた。ホテルか基地でしか寝たことない」

「今頃親父さんも…お兄さんもクロルのこと悔しく思ってんだろうな」

「ふん、どーせなんも考えちゃいないさ。アパロイドんときはセクターZを制圧してたし」

「すっ…すごい」

 

べらべらと親のことを話すあたり、少々誇りに思ってる節もあるのだろう。軍の30%が壊滅状態に陥っていたこの状況で、最前線近くで制圧に一役買っていたとは。コーネリア防衛軍、特殊部隊の娘は、努力をする節は見当たらずとも、才能で乗り切っているようにも感じる。

ラナはレイの話題を借り、質問を投げた。

 

「クロル…お前は、夢はあるか?」

「夢?うーん、…ちょっと恥ずかしいけど、親父以上に名を轟かせること。クズさでもなんでもいいから。」

「…なるほど、おてんば娘らしい考えだな。」

 

小さな身長で意地悪に笑いながらクロルはアイスを平らげる。セリヌが財布から紙幣をまとめて机に出すと、会計を頼んだ。

 

「レイ、僕もいくことにしよう。デルとカイルも来るとなったら、付いて来ざるを得ないよな、アカツキ

「…。」

 

ふざけた口調で二人が「いくいく~」と声を上げると、みんなは席を立ち始めた。小さくアカツキは舌打ちをしながら、重い足取りで後ろへ着いて行った。

レオンの手配したのだろうサルと会い、レイはキーを渡されると、黒のワンボックスに全員は乗り込んだ。エンジンをかけると、アカツキの隣に乗っていたラナが、後ろのクロルにからまれる。

 

「なーなー、ラナの夢は?」

「夢?…そんなの見る歳じゃない」

「なにいってんだ、まだ22なのにさ。じゃ、目標は?」

「…」

 

明るい紫の目が、アカツキをちらりと一瞥してから答えた。

 

「ウルフをぶっ殺して、スターウルフの全てを乗っ取ること。」

 

全員が吹き出し、車内は激しい笑いが響き渡った。もっとも現実主義者のようにも思えるラナが、そんな壮大で野蛮な夢を語ろうとは。一番似合わないメンバーだ。

 

「ぶあっはっはっは!!マジかよ!!やっぱラナもこっち側のクズだな!」

「16の頃からあいつを破滅させることを夢見てた。…既に夢じゃなく現実になろうとしてるけどな」

「ウルフは強いぜ。俺らなんかじゃ相手にならねえ。蹴られたらお前の背骨まで折れるぞ」

「承知の上だ、そんなこと大昔から知ってる」

 

16歳といったら、警察試験を受けられる最年少の歳である。6年前から殺そうとして、ついに腹中にはいり一番近くにまで追いついた。…アカツキがラナを追いかけた、4年前と同じ心持ちなのだろうか。アカツキも、初対面でウルフの強さに強烈に惹かれた。

 

ーーーそういうことを聞くと、寝返りたくもなる。

 

ラナの胸から額を大きく切りさいたように、ウルフの強さを超えられたとしたら。

だがその夢を叶えた途端、大きな幻滅が待ち構えていることをアカツキは既に知っていた。

 

 

 

 街灯の量は消えていき、道路舗装はますますひどくなり、車内の揺れは激しくなっていった。アンドルフとの大戦以降、何一つ復興されず野放しにされた住宅街が目に見えていた。赤い光が弱くなりつつあり、少しだけ薄暗くなってきている中、高台の方は電灯が多く灯っているが、低地のここはボロボロのまま。あまり良くない身なりの住民がチラホラと歩っている。

信号をきちんと待っているあたり、モラルはしっかりと残っている分心苦しいものがある。

 

「…着いたよ。」

 

外を見つめるアカツキとカイルの目が揺れている。車を停めたのは、空爆を免れたが見放された、防衛軍士官学校の、中等部の校舎だった。…かつて三人は、ここに通っていた。

グラウンドの草は伸び放題で、落書きだらけの荒れた校舎。暗く影がさす逢う魔が時の青い風景の中、ズシンとそびえ立っていた。

 

「おまえんちに行くぞ、レイ」

「学校はみてかないの?」

「…面白くねえ」

 

アカツキの口元が赤く何かが灯る。先を指でつまみ、タバコに火をつけていた。冷え込んできた春の夜、7人は足並みをそろえずに道路に広がりながら歩っていた。…上空で静かに戦闘機が飛んでおり、遥か遠くの電車の音が少し響くほど、非常に静かだった。

その静寂の重圧は、考えた以上のものだった。

 

「ここだ…」

 

一階が広いガレージ担っている家があった。シャッターは降りていて、ここも襲撃を免れ比較的原型を留めた状態だった。レイがシャッターの鍵を壊し、開けようとする。爆風で基礎が歪んでしまったせいか、なかなか開かずに、アカツキがタバコをくわながら手伝った。

 

「どうだ、開くか」

「うん、ちょっと右に曲げる感じでやって」

「おう」

 

みしりと音が少ししたが、タガを外したように一気に上に上がった。中は放置されたものが崩れ落ち、荒れ放題だった。モニターも落ちて破片が散らばり、部品入れも丸ごとひっくりがえっている。

ライトをつけ、ゆっくりと全員が足を踏み入れる。レイは一番前で、寂しそうに口を噤んで物をどけていた。

人が来る足音が聞こえ、ラナが表に出る。

 

「あ…こんにちは。」

 

見知った顔ではないが、どこか慣れ親しんだ雰囲気の顔が頭を下げた。自転車をもち、どこかから帰ってきたような風だった。オレンジ色がかった白く柔らかそうなポニーテールが揺らいでいる。

こんな暗い場所で、年頃の娘が一人で住んでいるとは思いもよらなかった。

 

「…もしかして、ラナさん、ですか」

「どうして私の名前を?」

「弟が、お世話になっています」

 

控えめな声で頭をさげる彼女は、なんとなく疲れている様子だった。それでも目は切なげで、あえてよかった、という気持ちがしんしんと伝わってきた。全員がガレージの中から振り返ると、彼女はもう一度深々とお辞儀をした。

アカツキの口からタバコがおちる。タケルスの予言が、このような形で当たろうとは思っていなかった。こんなに寂しげで、弱々しい姉の姿は見ていて悲しくなった。

 

「…姉ちゃん、どうして…」

「ごめんね…、お父さんとお母さん、助からなくて…あたしだけ助かっちゃった…、」

「…。」

「ごめんね…ごめん、ごめんなさい…」

 

今までのことが重くはちきれたかのように、彼女の目からはボロボロと涙がではじめた。出すべき言葉が思い浮かばないアカツキは、姉にそっと歩み寄って、肩をかけてやった。

 

 彼女は全壊を免れたレイの実家に一人で住んでいるらしかった。生き残ってコーネリアに移住を決めたレイの家族は住むことを止めたようだったが、事情を知って、電化製品を全て直して家を後にしたという。

 

「私の名前はマレイド。…マレイド・グレンディア。みんな初めまして。」

 

綺麗好きな性格だったらしい。レイは戦災以前の、そのままの状態をキープしてくれているマレイドに何回も感謝していた。かつて自分が何気なく使っていたマグカップを、お茶に出してくれた。それだけで彼は笑顔になっていた。

 

「マレイドさん、本当にありがとうございます。」

「お礼を言わなきゃいけないのは私の方。ご両親とおじいちゃん、とてもいい人で…」

「でも、なんでこんなところに一人で住んでるんですか?」

「…それは、後で話すね。アカツキにも関わることだから」

 

眉をひそめるあたり、重大なことが隠されているに違いなかった。静かな室内、床に腰を下ろす6人に対し、アカツキは遠くから足を組んで椅子に座り、じっとその様子をみていた。

 

「…随分、成長したね」

 

マレイドは少し怖がりつつ、アカツキにほほえみかけた。未だ状況が受け入れられてないのか、ぶっきらぼうにうなづいて茶を飲んだ。

 

「変わってくれて、嬉しいような気もするな…」

「良い訳ねえだろ」

 

即答してピリピリとしている彼に、セリヌが「アカツキ」と戒めるように声を上げた。せっかく会えたというのに、何を考えているか全く読めない彼の言動に、お通夜のような雰囲気が漂っている。

 

「…もうアンタとは違う世界を歩んでる。堕ちるところまで堕ちた。わかるだろ、今コーヒーを出したやつは、どいつもこいつも人殺しのクソ野郎だ」

「そんなこと、とっくに知ってる。…調べてもらったの、KSAの人に。アカツキが生きてるって知ってから」

「さぞかしショックだったろ」

「うん、知りたくもないこと、たくさんでてきたよ」

 

調べれば、芋づる式に殺した人間の名前も、分厚いファイル一冊分でてくるほどだったそうだ。ショックのあまり燃やし、グレンディアの恥部として彼すらも忘れようとした。だが同時に、仲間の存在も明らかになっていた。

 

アカツキは、今幸せなの?」

「…どちらかというと、イエスだ。金なら湯水のように使える」

「うん、それがきけたなら…あたしはそれで十分だよ。相変わらず、不器用だね」

 

わざと下賎な回答をしてしまった自分が恥ずかしくなるくらい、マレイドは優しい声で呟いた。レイはフッと笑い、一同は解けた空気に安心していた。

 

「おかえりなさい」

 

無条件に愛してくれる家族。その幸せそうな笑顔で、アカツキの心はあの頃のように溶けていった。

 

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