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オリジナル獣漫画描いたり、スターフォックスだったり、映画だったり音楽だったり

 

 

 

EYES WIDE SHUT/3

    誰も知らない爆弾

 

 

 

 

 

 アカツキの実家はそこから少し歩くところだった。自転車に久しぶりに乗り大はしゃぎしている、カイル・デル・クロルをよそに、マレイドはボロボロの手帳のような本を差し出した。

 

「これ、読んでほしいの。」

 

ラナにライトを渡すと、アカツキは無言で手に取りパラパラとめくりはじめた。紐が挟んである部分から読むように促されると、寄ってたかってきて視線を集めた。

 

「これ、なんて読むんだ?漢字だらけだ」

「カタリナの旧字だ。ここでいう古文みてえなもんだ。」

「…マレイドさん、これは誰の手帳だ?」

 

ラナが問うと、彼女は遠い先祖のものだという。表紙をもう一度見回すと、漢字で書いてある名前をアカツキは見つけた。カタリナでいう日本語は、コーネリア出身の者は到底読めない。

 

「ひふせ、かがり…ひこ?」

「え?!」

「マジかよ!ヒブセカガヒコ!?」

 

拙い声で彼が読み上げると、その場にいた全員がざわついた。それもそのはず、誰もが知っているほどの有名人である。震える声で、カイルとセリヌが声を発する。

 

「歴史の授業で習った人じゃねえか…。30点だった俺ですら覚えてるし」

「世界大戦後にA級戦犯に指定された犯罪者。得体の知れない巨大な爆弾を積んで特攻したのか、コーネリア西部基地を単身で爆破させ、一般市民合わせて10万人の死者を出した…」

「んで、そのまま雲隠れしたんだろ?未だその爆弾がなんだったかすら解明できてないって」

「コーネリア軍もそれほどの爆弾を隠し持っている事を予測できず、挙げ句の果てには旧カタリナ軍すら知らぬ存ぜぬを通した。」

 

神風の襲来。悪魔の鉄槌。その当時は様々な解釈をされた、神秘と恐ろしさの混じる衝撃的な事件だったろうと思う。さらには、その膨大なる破壊力の中、ヒブセカガヒコが生存しているという情報が後々に出てきたという。

 

「…!…!」

 

ー1月17日。ついに俺は逃げ切れてしまった。終戦し、結局カタリナはライラット系に併合したが、俺はコーネリア人として生きることに決めた。紅蓮の炎からとったグレンディアを名乗り、髪を染めて植民されてきた輩の中に混じり込み、垢抜けたコーネリア人になりきったら、あっという間に周囲はだまされてしまった。

そして新しく迎えた正月、妻も息子も誰一人疑い無くここまでやってこれてしまった。なんてイージーで運のいい人生なんだろうか。もっとうまくいかないことがあってもいいんじゃないのかと思うくらい、この幸せぶりに罪悪感を感じる。

10万人の死者によって、俺はよくうなされる。きっと地獄に引きずり込まれるだろうから、今はツケにしといてくれ。

 

生活の息遣いすらも聞こえそうな内容に、アカツキの胸はざわついていた。安直で人間臭い字、その後のページに続く葛藤、苦しみ、償い。そこに書かれた「グレンディア」の文字で、自分の不安は最大に至った。

 

「…どこでみつけたんだ、こんな日記…」

「お父さんの遺品整理してるとき。多分、隠してたんじゃないかな…」

 

自分の能力に疑問を持つことはこれまでにもちろんあった。だが、呪われた炎であること、自分が10万人の恨みを背負った炎であることがはっきりとしてしまった。

 

アカツキが…ヒブセカガヒコの子孫…」

「衝撃的だが、確実に受け継いでいることは確かだな」

 

ーーー俺の火力は、何も知らない10万人を焼き殺すこともできる…ーーそう考えたアカツキの脳裏には、何の罪もない人々が地獄のような熱の中、全身焼けただれて苦しむ様子が映った。

被害者たちが、アスファルトの中に沈めた殺し屋たちが、焼き殺したマフィア達が、口を揃えて「恨んでやる」と叫んでいた。

 

「うッ…!」

 

吐き気が急に襲い、道路際の側溝にいき体を折り曲げた。戻すことはなかったが、ラナが心配そうに駆け寄って背中を撫でた。

 

「ラナ…、」

アカツキ、知ってるだろうが…コーネリアではこういう言葉がある。一人殺したら殺人者、1000人殺したら…英雄だと」

「じゃあなんで俺なんだ…!赤い毛をした狼や犬はいくらでもいたはずだ!何で俺が…こんな仕打ちを…」

アカツキ

 

血痕の付いているパーカーの一部ひっぱりあげ、目の前に見せつけた。

 

「素質があったから、今があるに決まってるだろうが。今まで何人殺した」

「・・・っ」

「…もう、今更なことだろ」

 

これからもだ。直接手にかけて殺す頭数はきっと一生を通せばアカツキが上回る。そして手記から思い知ったのは、自分の火力を最大値にもってすれば、一瞬で国を傾ける原爆になれることを。戦いとは関係のない人々を巻き込む事はできるわけがない。

その片鱗を知っている彼にはどれほどのものか身を以て知ることができた。…火に当たらずとも、広がる熱で皮より内臓から焼け焦げることを。

 

「姉貴、この事は…関係あるのか」

「…」

 

きっと、この廃墟にたった一人でいる理由になる。

 

「裏社会の人が触れ回ったらしいの。強いっていうアカツキの噂、火伏篝彦の子孫じゃないのかって。そしたら、治安維持部隊が私のところに来て。…友達は匿ってくれたんだけど、街の生活は長くは続かなかったよ」

「…彼氏か?」

「もう別れそう。仕方ないけど」

 

寂しそうに眉を下げて笑い飛ばすマレイドに、アカツキは胸が痛んだ。自分の存在のせいで、たった一人の家族の足を引っ張っている事実があったのだ。もしもっと早くに生きていたことを知っていたなら、カタリナで二人で生きることもできたはずだ。

何もかも失ったからこそ、好き勝手できた。その後悔が今、彼を襲っていた。

 

「…ごめん、姉ちゃん」

「いいよ、生きててくれて嬉しいよ」

「もう、戻れない。一生苦しめることになる」

「苦しくなんかないよ。心配しないで」

 

今更足を洗うことなんてできっこない。傍らで、ラナは眉間にしわを寄せながら、下を向いて口を結んでいた。いまだに彼女の心の奥底には、悪の道へ引き込んだことへの罪悪感が根強く染み付いていた。

 瓦礫が重なり合う地帯に指しかかり、家らしいものが見つからないことに一同は疑問を覚えていた。遠くには社会の最下層の人間が、ひどい格好をしてしゃがみこんでいる。こちらをじっとみて、静止したまま動かない。

マレイドが瓦礫を見分け、あるところで立ち止まった。手前にはたくさんの花束が添えられ、線香がたてられている。新しい花もいくつかあるのを見る限り、今でも献花にくる人々がいるのだろう。

アカツキは軽く手をあわせると、花をまたいで奥に行った。

 

「…あんたは呪われた炎をもってようが、人の心に火をつけろって言ってた。だが、体もろとも燃やすしか、俺にはもうできねえ」

 

誰かに問いかけるようにつぶやくと、ポケットに手を突っ込み、息を吐いて周りを見渡した。空は青く星空をみせ、服の布ずれの音だけが彼の耳に入った。

勝手知ったる瓦礫であるため、マレイドは足元をみながらすいすいと奥へ入っていった。そして振り向くと、

 

「こっち。」

 

分厚い壁のようなものが枠を囲うように離れてあった。ここはかつてグレンディアが倉庫として使っていた、昔ながらな蔵である。こういった土で出来た構造の倉庫は随所に見られるのが、73区周辺の特徴なのだろう。

線香が匂いをたてながら煙を細くはきつづける。薄暗闇はさらに深くなり、カタリナの夕日は姿を隠した。

 

 

 

ーーーーーー燦星ホテル、ダイニング。

スーツの男が、3人ほど鼻息を荒くして姿を現した。正面に座る豪勢な格好をした女が、気まずい顔をして座っている。食事には一向に手をつけず、じっと目を伏せていた。

豪華なこのホテルには似合わない汚い顔をした男が、真ん中に座り大声で電話をしていた。

 

「ンなにやってんだぁテメーは!帰ったらフィチナに飛ばすぞボケが!反省文5000枚描け!あぁ?俺?カタリナに出張だっつってんだろがアホ!土木業者にアポとったのか?嘘じゃねえだろうな。今すぐ報告書あげろタコが!この後1分以内だ日付日時何秒までみっからな!」

 

イライラした状態で切るのは、スーツを着たハイエナである。ゔーゔーと唸りを上げるように肩で息をし、女に向き直った。

 

「こいつぁ失礼しましたね。今回は頼みますよ、たっぷり報酬もはずみますんでね、えぇ・・・」

「…あの事は、どこにもバラさないでくださいね」

「そんなに大切ですかねえ。事情もあるんでしょう、ここは沽券を保ちたいあなたさんの心中をご察ししますよ。こいつはフェアな取引だ。んで、今夜がXデーというわけになるんでしょ?ハエども、どうにかしてくださいよ。」

「会議は中止に…?あなたたちはどこへ向かわれるのですか?」

「今夜だけ78区に視察へ。工場と住民の違法建築の問題を…」

「そうではありません!我々五艇会を…」

 

遮るようにホログラムで入金伝票を大きく表示する彼の前、ジュラルミンケースはいった大量の現金が乗せられた。

それに動じることもなく、空っぽに返事をする彼女は、夢も希望もなさげだった。電子キセルをおとし、つまらなそうにしばらく話を聞いた後、男は足早に次の取引へと向かった。

 

「・・・全組員に告ぐ。作戦を実行しなさい」

 

デバイスに静かに話しかける彼女の声の底は、震えていた。

崩壊の合図は、コウモリの大きな耳にしかと届いていた。

 

 

 

ーーーーー惑星カタリナ上空39キロ、NS50度。東部自治区、領空。

 

「カタリナの夕飯をくえねーたぁ。中華料理と日本料理の本場なんだろ?」

「どうせ口に合わねえさ。辛いか味がボヤけてるかどっちかだろ」

 

古い戦闘機に、筋骨隆々としたライオンが踏ん反り返っている。それに答えるのは、全身サイボーグ化が済んでいる戦闘員だった。

 

サタイアのガキどもは地上でなかなかやってるみたいだ」

「ただし難しい戦況になったら俺は着陸する係だ。つまり子守だぜ。」

 

イカを口にくわえながらライオンがけだるそうに答える。

KSAのネットサービスを利用し、リアルタイムで戦況が読み取れる。誰が何をやっているか、負傷者、死傷者も常にウォッチできる。当然のことながらKSA側も見ているだろうが、今回の件については利害が一致している。

雇用者が把握すべきとも言えるだろう。

 

「親分は今回、タオにふっかける気だしな。死傷者がでたらきっちりと払えと。」

「勝手についてってるのは俺らなのになあ、太っ腹になったな」

「何言ってんだ儲けるのは親分のほうだぞ。せいぜい死なねえようにってこった」

 

サイボーグが突然黙り込んだ。「どうした?」とライオンが聞くと、「レーダーだ」と一言返した。

艦載機に回線をオープンにし、仲間に知らせる。そしてサイボーグの方は、個人的なデバイスを通じてスターウルフらの三人に連絡を試みる。

 

『なんだ、パッカー』

 

ウルフ達はスーツを着込み、忙しい中央駅のエントランスでコーヒーを飲んでいた。

宙域から低めの声でサイボーグが話す。

 

「親分、偵察機で行動中だが、妙な艦隊を発見した。骨組みだけのようにも見える巨大母艦が3つ。」

『五艇会だ。現時点で敵戦力の解析はできるか。』

「今現在は難しいだろう。後衛の艦載機に戻りダイブするべきか?」

クラッキング逆探知の可能性がある。攻めで行け。前衛にジャミングの付いた駆逐艦をつけろ。レオとお前らは好きに戦え』

「了解。」

 

艦載機方面から威勢のいい声があがるのを感じ取った。ゴリラのようにライオンが胸を叩くと、さらに士気があがっていった。ぶっ殺せ、ぶっ殺せ、と柄の悪い声ももれでてくる。

 ウルフはデバイスをオフにし、タバコをけした。

オレンジ色のシャンデリアのした、三人はついに待ち望んだ彼が来るのを見届けた。黒い安っぽいコートを身にまとい、目深に帽子をかぶって女を連れていた。席に金を置いて立ち上がり、彼を出迎えた。

 

「約束通り来てくれたようだな、ウルフ」

「もちろんだ。金は」

「手形を作るさ。」

 

レオンは女の方をジロジロと見ていたが、お辞儀をされて返された。

 

「お子様とはいかがお過ごしですか?もぉ、みたところご結婚もされてないように見えましたがね?」

「フン」

 

フユコは瞳孔の開ききった目でくすくすと笑っていた。クロルを連れていく程度では彼女の目はごまかせない、といったところだろう。女らしい牽制の仕方だった。

 

「フユコさんとタオさんはどういうご関係なんですかねぇ。愛人なんじゃないの」

「とんでもございません。私、実は男ですので」

 

空気を作る必要はもうすでにない。適当にパンサーがからかうと、一瞬シーンと静まり返って、喧騒の音だけが5人の間に流れていた。

 

「はっはっは!待ちの間じゅう、そんな面白い話がたくさんできるだろう?なあ、フユコ」

「そうですわね!オドネル様、ポワルスキー様、カルロッソ様!美しい娘のおります素敵な場所をご用意しましたので、会議のお時間までぜひご堪能下さいねっ!」

 

チケットとなる嬢の名刺を渡される。綺麗好きじゃなければやらない、地下での女遊びに連れていくようだった。地元民が身を隠すのにはうってつけの紹介制のバーらしかった。

それも、ショーダンサーを連れて帰れる。

 

「まったく、君が若い娘と寝たいだけなんじゃないのかね?」

「いや~ん!年齢層も広いし、きっとスターウルフのお三方も満足されますわ!」

「すまないなウルフ。彼女は性転換した女だが、レズビアンなんだ。もちろん男がメインの客層だぞ」

 

パンサーが小声でウルフに告げ口すると、大口を開けて笑いだした。

 

「なら立派なサオはまだ付いてるわけか。おもしれえ。協力してやる」

「うれしいお言葉を。でも、わたくしとねれると思わないでくださいね?」

「てめーより車とヤる方がマシだ」

 

女が混じっている事に疑問を持っていた三人はぐっと戦いやすくなったことだろう。「ラナ位のキチガイじゃねえと護る義務が発生する」と口々にしていたゆえに、多少の差があるのだ。

しかも、相手専務のマネージャー。死ねばこちらの責任だ。そして、安いタクシーで駅を離れる。

 

パンサーが後ろに何かつけているのを見つけた。サイドミラーからナンバーを照合すると、盗難車と一致する。地元の傭兵に間違いない。が、呑気に鼻歌をうたいながら運転するフユコはそれに気づいていなかった。

 

「オイオイ、なにやってんだカマ野郎。もうちょっと注意払えよ・・・」

「男だとわかった途端態度変わっちゃうのねぇ、もっとくどいてよぉ。なんのためにイケメン雇ったって思うのよぅ」

「だってさ、旦那」

「あぁ、なら窓にでも座っとけ。」

 

いやん!とわざとらしい声をさせてどかせると、無理やり助手席から運転席にうつる。大きいライフルを持たせ、ウルフはハンドルを握った。

 

窓から顔をだすフユコ。常に薄笑いを浮かべながらも、あしをかけて後ろに照準を合わせた。後部座席でレオンとパンサーも銃をもって動き出す。

レオンが「報酬から引いておけ」といい、リアガラスをハンマーで思い切り叩き割る。一気に飛び散る中、タオは恐れることなくすっと頭をさげてデバイスをのぞきこんでいた。

一斉に射撃がはじまり、何台もつけていた車のタイヤに次々と撃ち込んでいく。パンサーが戦闘員を撃破し、レオンが的確に車の急所を狙う。

次々と破壊され、ふさがる車線、爆発炎上の嵐。第3地区は混乱が始まっていた。

 

 

 

 

ーーーーー

 

「じゃあ。」

 

両親の墓を見届けた後、アカツキはそっけなく背中をむけた。マレイドは惜しむように目をうるうるさせて、彼がミニバンに乗り込むのを見届けた。最後に、乗りこもうとして銃を膝に乗せるラナに声をかけた。

 

「あの、ラナさん…みんなは、これからどこにいくの?」

「それは話せない。」

「怪我したりしないよね?」

「保証はできないが、信じてほしい。」

 

本当に心配性な娘だった。まだ出会って数時間だというのに、ここにいるサタイア全てのメンバーの命を案じていた。

 

「もう独りじゃない。また会いに来る。」

 

自分の心配に押しつぶされそうになっていたマレイドは、また涙をぽろりと落としてしまった。ラナの後ろで変な顔をするカイルとクロルをみて、くすっと笑う。

パーティに行くような雰囲気を醸し出して、全員は安心させようとした。デルが最後に笑顔でのりだして大きく手を振り、別れを告げた。スライドドアを閉め、小さくなっていく彼女にみんなは手を振る。

見えなくなるまで見届けた。

 

やがてマレイドの姿が見えなくなったあたりで、全員は一気に鎮まった。

全員の和やかなムードが消え去り、殺気が漂い始めたあたりに、セリヌが声色をかえてスターウルフの戦況を伝える。

 

「宇宙部隊の戦闘が始まってる。同時に、第3区でウルフさん達が奇襲に応戦中。善戦だ。73区で息を潜めていたおかげで、相手がこちらの動きを見失ったようだ。…このチャンスを逃すんじゃないぞ。」

 

レイが運転をしながら武器装備について説明を加える。まず後ろを指差し、バンの後ろにつまれた荷物を確認するように指示する。クロルがスポーツ用バッグを開けると、バラバラになったライフルが確認される。中身をみて全部揃っているのを見た。

 

アカツキとカイル、ラナさんはいつも通りの襲撃を。セリヌとクロルは今回スナイパー役で、手前のホテルで降ろす。デルは指示担当だから、客室にセリヌのパソコンを持って行ってくれ。」

「りょうかーい。」

 

気の抜けた返事でデルがにやつきながら返事をする。住宅街も少なくなり、川を越えたあたりで遠くにビル群がすぐにみえだした。コーネリアとは一味違う、ネオンを帯びた矮小かつ雑多な摩天楼がひろがっている。

窓を開けて、カイルとアカツキが空を見上げる。

 

「見ろ。」

 

カイルが言うと、一斉に全員は窓に固まった。わずかに見える光の軌道、散り散りに光る小さな光に、五艇会とKSAが戦っているのを間も無く察知した。戦闘機も上空に現れており、カタリナに駐留している軍にも動きがばれているらしかった。

五艇会ならびにデフトーン地所側は、こちらの動きを読めていないはず。GPSはすでにきってあるし、サタイアのメンバーはウルフに”口頭のみ”でしか所在を明らかにしないルールになっているからだ。

ホテルにつこうが誰もつけてくることはない。ターゲットがいる燦星ホテルに対し、滞在する部屋の正面にあるビジネスホテルに、セリヌとクロル、デルが下りた。

 

「じゃ、行ってくる。余裕を持ったが、19時29分、ターゲットを窓際にだすようにしてくれ。1分2分の誤差は構わない。僕らは待機をするよ。」

 

三人の姿を見届けると、アカツキ、ラナ、カイルは防弾チョッキを服の内側に着込んだ。レイは目深に帽子をかぶり、拳銃に弾を込めサイレンサーを取り付ける。懐にしまい、車を地下駐車場へとめた。

アカツキがナンバープレートに手を押し付け、ぐっとにぎりこむ。すると、熱でインクの色が変色して、全く違うナンバーへ変貌した。ーーーサルガッソーの別のチームが考えたアイデアだった。

 

コンクリートが延々と続く地下から別れる。レイはピッキングで管理室へ向かう鍵をこじあけ、戦闘員三人と別れた。地上から、非常口の三階へ。エレベーターの前には護衛が常に張っているから注意しろ、とデルからの忠告がはっせられる。

 

『侵入には従業員用エレベーターを使って。レイきゅん、管理室から使用不可扱いにできる?・・・あ、ラッキー。丁度今、ターゲットがご飯に向かったみたい。護衛もついてったけど、部屋で張ってた人は各部屋に散っていったよ。』

「気を抜いたな。従業員用使う必要あるか?」

『監視カメラからはまだ一階と18階は張ってるよ。うまいことホールにいる4人、できないかな?』

「静かにやってやるか。」

 

居眠りする守衛を素通りし、鉄の扉でできた勝手口を入る。キッチンが奥にある廊下を抜け、ビールのプラ箱が並ぶ間を通り抜ける。眼の前に立った瞬間、使用不可と表示されるエレベーターが動作を再開する。

高速型だった。埃臭い箱はあっという間に上がり、18階に到着する。

 そこ張っていたガードたちは、何かよく分からない透明な紐のようなもの引っ張られ、三人の男女が入り込むエレベーターの室内に引きずり込まれる。四人の男は、その状況にパニックに陥っていただろう。男二人が目を光らせ獲物を見つけたような獣の目をしており、次には、女が”閉じる”のボタンを押した。

 

 

 

カタリナ東部上空は、完全な戦闘宙域へと変貌していた。

相手の3艇の巨大母艦は、何本もホーミングミサイルを撃ち込んでくる。夜空に大きな軌道を描き、戦闘機を追いかけるが、味方艦載機からのジャミングが働きローリングで回避を続ける。

ロックオンを試み、燃料コアの部分に狙いを定める。

 

『パッカー、俺らは散開して急所にピンを刺すぞ!南部隊は140度の艦隊を撃滅しろ!」

『了解!』

 

レオが発射口付近へ差し迫る。ブーストとローリングで敵戦闘機の射撃をはじき、的確にレーザーをくぐる。さらにシステムを起動し、眼前には大きく座標固定用の画面が表示される。

母艦下へ潜り、両側に散って燃料タンク周辺と、ミサイル発射口に狙いをさだめる。

 

『座標ロック!!』

ポインティング成功!てめえら、一斉にタマブチ込め!!!」

 

レオが叫び、搭載された二人はくぐり抜けた。相手も慌てだしたのか、次々とホーミングミサイルをはなつ。レーザーがロックオンされたとき、二人は大きく宙を旋回し、ローリングして弾道を外をいこうとした。

 

「残り二艇…」

 

すぐ後ろに差し迫る20本のミサイルを抱えたパッカーが、横で旋回していた大量の戦闘機の間をローリングで潜り抜ける。何台かの敵戦闘機にぶつかり、背後で次々と爆発する。

相手レーザーが止んだ時、後ろに残っているのは8本。ひとつのふるいの目をくぐり抜けた後だろうが、性能のいいミサイルが追いつく。

ブーストから、無理な飛行へ移る。すぐ目の前に壁が迫った時、パッカーは宙返りをした。

 

こすった振動を全身でかんじながら、母艦へ腹で体当たりする形になる。

下では追いつけなかったミサイルが次々と着弾し、砲口上部にに大穴をあけた。

 

「Fuckin’ A!!」

 

冷静を極めていたパッカーが唾をとばしながら、中指を立てて叫んだ。味方方面も大きく湧き、かなりの威嚇になったことだろう。相手たりともヤクザである。怒り狂う船員が暴言を吐き、宇宙には汚い言葉が飛び交っていた。

残りあれども、戦況は大きく山場を迎えていた。

 

地上では。

住宅地へ抜けると、入り組んだ細い路を駆使し敵車両をさらに巻こうとする。次々と加勢するあたり、追いかけるように待ち伏せされているに違いなかった。

タイヤを鳴らしながらカーブをし、激しく揺れ動く車内で銃撃戦を続けていた。

 

「旦那!ボンネットに被弾した!」

「かまうな!!撃ち続けろ!!!」

 

補充のなくなった銃を足元に捨てると、レオンが次に大口径のものを取り出す。タオが「おぉ、新型だね」と平然と口にすると、レオンは腰に巻いていた革鞄から手のひらほどの弾を装填する。

レオンの細身の体が車体左からぬっとでていき、窓際に座った。グレネードランチャーの砲身がゆっくりと上がる。

コーネリアの最新車はすでにタイヤがないが、カタリナの旧式車はダイレクトに衝撃が通じる。動揺度もかなり大きく、使い勝手の悪い車だ。

 

「・・・レオン、いったれ」

「あぁ」

 

冷徹な声が響き渡ると、もう銃にさらされることもないと確信したタオが、しっかり見届けようと上体をおこした。空を覆い隠す様に広がるいかがわしい店の看板、ネオン、汚らしい喧騒。

 

「私はああいった下品なものが嫌いだ」

 

ゴッ、という音でランチャーから放たれると、ぶつかりまるで雪崩のように車へ襲いかかった。電気の激しいショートとガラスの割れる音、きわめつけに爆発炎上が騒々しい街を襲った。

パンサーが汗を拭い「ふう」と安堵していた。戦闘機は脱出こそすれば命は助かるが、銃撃戦は彼にとって慣れないものらしかった。座席にへたりこみ、銃をすてた。

ウルフは部下に連絡し新しい車を用意させる。もう追ってくる輩もおらず、安全と判断したからであろう。

肝心のKSAの二人は、満足そうにニヤニヤと笑っていた。

 

「ククク、はっはっは・・・カートマンの野郎、最高に面白い…」

「あ?何独り言いってんだ」

「誠に遺憾ながら、急用の為会議を見送らせていただきます…と。思った通りだ。デフトーンズの野郎どもは、私を本気で殺す気だ。」

 

「だろうな」とウルフは一言返すが、尚腹を抱えてタオは笑っている。体を向き直し、リラックスした様子で穴の空いたシートにどかりと座り直す。

 

「ははは・・・はぁ、全く、上等上等。ゴミにはゴミらしい最後にしてやらねばな」

 

 

だが確実に、上手くいっていた。

 

 

燦星ホテルの従業員エレベーターが、4、3、2…と降りてゆく。一回で待っていた清掃員が、開くドアの向こうが血の海になっているのをみて絶叫した。

女がハイヒールを鳴らしながら客室1803号室のドアをあけた。少なくとも、ガードがはずしていて静まり返ってる点で、”彼女”は異変を感じ取っていた。

 

血と銃痕がそこかしこにはじけとぶ部屋、サタイアの三人はのんびりとソファに座り待ち伏せしていた。風呂場の扉が開いており、そこに全員をまとめるように、バスタブに山積みになっていた。

味方を呼ぼうとするも、管理室を支配するレイによって錠がかけられる。

 

「松島サソリ、あんたはここでおわりだ。だが、デフトーンズの役員2人と組長の場所を吐くまでは命はもたせてやる」

 

アカツキが牽制しながら立ち上がる。付き人が銃口をむけるも、松島は手をすっとあげて止めさせた。

 

「残念ながら役員共はこないよ。失せな、この腐れコーネリア人めが。」

「俺はカタリナ人だ。ここまで差別的な同郷人を見ると恥ずかしい」

「随分達者なお口だね。チャックするの、教わんなかったかい?」

「恩義を重んじるヤクザが、散々甘い汁すすってきたカタリナを潰すなんてな。」

 

松島は目を思い切り開き、口を一文字に結んで顔を下に向けた。ほかの組員達の様子もおかしい。アカツキのこの一言でぐらついているのだ。彼女は震える声で憎しみを言い放った。

 

「そりゃわからないでしょうねぇ。…なあに、食物連鎖の頂点がなり変わっただけよ。生き残るにゃこれしかないのさ。」

「ほう、上澄みだけすすってあとは用無しか。極道だなんだとかプライドがあったくせに、随分堕ちたもんだな。」

「とっくに堕ちてるさ…あんたらが生まれるーーーずっと前からなァ!!」

 

突如変貌し、着物をたくし上げて彼女は黒光りする足をみせた。ガチャガチャと大きく音をたて、その先には銃がついていた。太ももに刺さるように並んだ弾の数を見るに、これはマシンガン。

三人は頭を下げ一斉に回避体制に移る。ソファや壁の向こうに潜り込み、攻撃を妨げる。

向かいのホテルで待機しているセリヌとクロルが異変に気付き、ローブを被ってサイトを覗く。

 

「すげえー…総漆塗りでマシンガンもついた義足だぞ。殺したら持って帰ってもらおうぜ、セリヌ」

「傷つけたら値打ちも下がるぞ。」

 

と言った矢先に、カイルが放つワイヤーに絡みとられ発砲をキャンセルさせられる。敵ボディガードも加わり、またしても銃撃戦へと持ち込まれた。アカツキがカーテンを燃やしながら煙で目くらましをつづけ、組員を殴りつける。ナイフを思い切り投げ、次にラナがワルサーで発砲をしながら宙を飛び回る。

クロルは松島だけでも先に殺そうとし、狙いをつける。と、遠くこちらにいるはずのクロルと松島が、目が合ってしまったのだ。

 クロルは一生で感じたことのない血の気の引き方を感じた。引き金を引く瞬間、正体不明の高速艇が守るように目の前を通過した。真っ黒な風とともに現れ、セリヌとクロルの周りに大量のレーザーの雨を降らせた。

松島は高笑いをし、圧巻されるサタイアにとあるものを投げつけた。

 

「アーッハッハッハッハッハッハ!!!ねえ・・・これ、なにかわかるかしら。」

 

柔らかく軽く落ちる、オレンジ色の束のようなもの。

ーーー髪の毛だった。

 

「戦争あったじゃないの。私も防衛軍に居たんだけど、その時…本当に男らには好きにされたもんだったねぇ」

 

絶句する一同に、つらつらと語り始める松島。

帯をほどき、着物を一枚脱いだ。そして、下に履いていたワンピースをゆっくりとたくし上げる。

 

「その子もきっと今頃、こうしちゃいたい気持ちよ」

 

骨盤からつま先まで、すべてが漆で塗られていた。腹のすぐ下のあたり、子宮の付近に螺鈿で書かれたサソリが眠っていた。

アカツキは武器を床に落とした。怒りに震える彼は言葉すらでてこず、ラナが代弁するように、松島を睨む。

 

「・・・マレイドをどこにやった。」

「秘密。」

「おまえは・・・関係のない奴の人生を巻き込んでいいと思って言うのか」

「それが人の性じゃないのよ」

 

人生を巻きこむ。ラナの言葉と松島の言葉さえもが、アカツキには重くのしかかってきた。取り押さえられ壁に伏せる三人を見たときには、セリヌとクロルも捕まっていた。

デルは口に両手を当てて、急変した状況に追いつけずにいた。ノイズも大量に入り込み、制御していたはずのレイの声も聞こえない。

 

「っ・・・・!」

 

扉の向こうには、大量の足音が聞こえる。デルはパソコンを閉じて慌て始めた。どこかいい隠れ場所はないか、動転する気持ちの中できるだけ見回していた。

 

「どこっ・・・どこににげれば・・・あっ・・!!ーー上っ・・・!!」

 

クローゼットの上、高さ50センチほどの小さな押入れがあった。パソコンを投げ入れた後、ベッドに飛び乗り、大きくジャンプをしてつかまる。勢いよく閉じたその瞬間、大量の組員が押し入ってきた。威勢良い声をあげながら怒鳴り立てている。ひどく狭い押入れの中に横になり、ひたすら見つからないことを祈って息を殺していた。

 

ーーー・・・どうしようどうしよう・・・みんな捕まっちゃった…。こんなこと初めてだよ・・・!

 

5分ほどすると、下が一気に鎮まった。人が消え去り、気づかれずに済んだのだ。隙間を開けて確認した後、パソコンをあけてスターウルフに連絡を試みる。

 

『あぁデルちゃん、どうした?』

「パンサーさんっ・・・!どうしよう、みんな五艇会につかまっちゃった・・・」

『まじかよっ・・・!旦那!!』

 

デバイスにいろいろぶつかり、ノイズが入る。パンサーがウルフにつなげると、こうそっけなく返された。

 

『この後は俺らと合流しろ。帰還するパッカーとレオをそっちに向かわせる。』

「みんなはどうなるんですか・・・・?」

『あいつらはどうにか脱出するだろう。少なくとも中枢戦闘員3人は12時までに暴れてでてくる。そのあとは、KSAにいって強襲部隊を編成する。』

「はぃ・・・・。」

『・・・。松島は殺しはしめえ。こちらを拷問にかける理由がない。』

「ほ、ほんとですか!」

『ったく…切るぞ。部屋で待ってろ』

 

面倒臭そうにウルフに切られると、デルは先行きに安堵した。床に降り、ベッドに寝転んで悩ましげにパソコンをみた。

全員のデバイスへのアクセスがシャットアウトされていた。