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EYES WIDE SHUT/4
暗礁に乗り上げた船
三人は狭い航空艇の中、ぎっしりと押し詰められていた。手錠をかけられ、1畳ほどしかない足場の中、アカツキとカイル、ラナが息を潜めている。
暗闇の中、ラナの目が光る。明るい紫の瞳がぱちぱちと動き回って気に触る。薄くなる空気、アカツキの放熱でかなり不快な状況である。汗をかくカイルは髪の毛が首のあたりにひっつくのを振り払うと、ついに声を発した。
「あぁ、どうするよ」
高速艇にはいって1時間。フードを脱ぎ、髪の毛を一つにまとめる。肘がアカツキの顔やラナの肩にごつごつあたる。ため息をつくと、不満をぱっと口にした。
「まずは切れ、その暑苦しい髪」
「やだもんポリシーだし。お前があっちいんだよ」
「んだとこら。あとラナ、お前は目とじてろ」
「目は関係ないだろ。なんでだ」
「猫だから瞳がいちいちちらつくんだよ」
だんだんとお互いの話す声が大きくなってくる。それに気づいた舎弟がイライラしながら近づいてきて、小窓をぱっと開いた。
「オイ静かにしやがれ。今すぐぶっ殺されてえか」
光が差し、汗ばむ三人の顔がギロっと睨みつけた。しばらく誰も返事を返すことなく、正面の壁にいたアカツキが小さく「チッ」と舌打ちをすると、舎弟の目の色が変わる瞬間、大きく足が上がった。
とてつもない脚力で鍵と蝶番は破壊され、舎弟ごと扉は遠くに弾け飛んだ。
「んだよできるならさっさとやってくれよ」
「うるせえ出ろ」
一番体が大きいので奥から押し出される。鼻血を出しながら痛そうに起き上がる男に、強く踏みつけてとどめを刺す。武器を没収された今、ラナは舎弟のズボンを漁り、拳銃を手にした。
合金でできた硬さだけが目玉の銃だ。性能はよくないにしろ、殴るなりの目的にだけなら向いている。アカツキは拳に自信がある。カイルに二人が付いていく形で、ワイヤーをゆっくりとたぐりながら歩を進めていった。
指先にかかるワイヤーが、わずかに張りをみせる。壁に隠れ、様子を伺う。
「オイ、今お前触ったろ」
「あぁ?触ってねえよ。気のせいだろ」
「まさか幽霊か?往生際がわるいやっちゃな」
気づいてない。急がず、ゆっくりと、二人の首に8の字で透明のワイヤーをかけた。両サイドには他に船員が4人。パイロットが一人配置されている。
開いてあちらに向けていた左手を、何かをつかむようにスナップし握った。
その瞬間、首がパカンとわれ、ぶつかり合うように崩れ落ちた。その瞬間、見切ったラナとアカツキがとびかかり、銃声と撲殺を2人を襲う。
パイロットの方へ向き、艦隊からの離脱を要求する。
「今から言うこと聞かないと殺すかんな」
「ひっ…!!た、たのむ…きくから殺さないで…」
「ならまず左へ逸れろ。…そうだ」
後ろで殴ったり蹴ったりの音が聞こえる。なかなかの上腕揃いだったらしく、苦戦を強いられている。カイルが渋い顔をして振り返ると、一人の男が銃口を向けハンマーをおろした。
「避けろ!!」
アカツキが叫ぶ。間一髪で逃れると、照明に弾があたり真っ暗になる。方角が変わりタワーの強い光が差し込んだ。駆けるカイルの背中の向こう、ほんのわずかにワイヤーが光るのを見逃さなかった。
他の船員も次々と出てきたようで、アカツキの腕にも負えない。
「そのままワイヤーをだせ!!アカツキは伏せろ!!!」
ラナが叫んで、カイルの背中を横切るように、拳銃を妙な持ち方をしながら突進した。
指に強い張りを感じるとともに、思い切り引っ張るラナの後ろ、鮮血が飛び交った。
「・・・・!!!」
カイルでさえ理解のできなかった行動だ。銃身にワイヤーを引っ掛け、船員に思い切り絡ませるように走りこんだのだ。
どこにもけがはなかったにしろ、ワイヤーが見えてなければ自身も切れる、かなりハイリスクな発想だった。
「なるほど。カイルのワイヤーをこう使うたァな」
「この銃じゃなければできないもんだ。・・・!」
「味方だ」
レーダーに反応がある。周辺に7機の戦闘機が取り囲んで、他の機体を襲撃している。すべてが撃墜され、戦闘不能となっていた。スターウルフ・KSAの連合艦隊だろう。
パイロットは「もうおわりだ、おわりだ」と頭を押さえて情けない声をだしていた。
「…腰抜けな組長の雲隠れといい、逃げ出した役員共に…お前らおかしいぜ。一体何が起こってやがったんだ、五艇会は」
「うっ…うぅっ…」
アカツキが彼を問いただす。姉を人質にとろうが、戦力の差は圧倒的で負けは決まっている。ほとんどが撤退を余儀なくし、これ以上無駄な血を流そうなどということは避けるはずだ。カタリナで他の追随を追随を許さなかったヤクザが、こういった無駄な足掻きや犠牲を払うとも思えないからだ。
このパイロットの弱腰が、全てを語っていた。
「・・・会議は中止になった。その前に姐御が呼び出されて…逃げると宣告された。金で黙らせて、俺たちを踏み台にスターウルフをまくつもりだった…」
「なんでそれを呑んだ?金ならいくらでもあんだろうが」
「弱みを握られてんだ!どうしようもなかったんだよ!!姐御もこうするしかなかったんだ!」
ピクリとアカツキの耳が動く。カタルシスを引き起こしている秘密をついに彼は口にしてしまった。
「組長が傾き始めている組を見切って自殺未遂を起こした…今は、姐御が無理に生かしてる…。植物人間だってことを、姉御は隠せと」
「・・・組長一人のことを、そんなに知られたくねえのか。さっさと後継者を捕まえれば済むことを」
「んだとコラァ!!!組長は俺らのっ…俺らの誇りなんだ…!!」
「腹切って責任逃れをするような組長を、お前らは恥と思わねえのか。動かねえオヤジ生かしといても、お前らは勝手に滅びるだけだろ」
「てめえ!!」
掴みかかろうとするのをラナが止める。肩を握りこみ、無理やり座らせると、話を続けさせた。
「アカツキの言うとおりだ。組長が何をしたというんだ」
「・・・コーネリアのマフィアに襲撃された時は、一度は滅びかけた。勝てたとしてもボロボロだった。だが、組長は30年でそれを一から立て直し…運送で俺たちを救い、やがてカタリナを潤わせた。」
「なるほど、…誇りだな」
五艇会の威厳も、組長の名前一つでとりもっていたような仮初めのものだったのだ。
悲しいヤクザの正体に、三人は黙りこくってしまった。
『高速艇に告ぐ。誘導に従い着陸態勢を整えろ』
「俺だ。アカツキ、ラナ、カイルは無事だ。脱出させてくれ」
『了解。着陸次第パイロットの身柄をおさえろ』
「あぁ。殺すのはやめてやってくれないか」
『治安維持隊に引き渡す。処分は奴らに委ねる。』
少なくともこのパイロットは救われる。カタギに戻り、天寿を全うできるのであればそれで十分だった。
高速艇は第1区の摩天楼へと近づき、眠らないネオンの光の中、ポートに着陸した。窓から見下ろすと、KSAの本社倉庫の文字が大きく浮かび上がっている。郊外の運河沿いに大きく聳え立ち、三人はこれからすることに予測がつかなかった。
真っ暗な夜空の下、湧き上がる大風に体を晒し、下からのライトに照らされた。コンクリートの地上に降り立つと、パイロットを引き渡す。ぐったりとして肩を落とす彼を目を細めて見送ると、ばさばさとスーツをたなびかせながら、タオとウルフ達が歩き寄ってきた。
「三人とも、本当にご苦労だった。さぞかし疲れたろうが、残念ながらまだ仕事が残っている。実は、会議は中止になってだな…」
「そのお話は伺ってますよ。あのパイロットから」
「おやアカツキ君、そうだったかね」
「・・・五艇会の腹も、暴いてしまいましたがね」
驚いたような顔をみせるタオ。ウルフがタバコを踏み消し、興味を持ったようで歩み寄ってきた。
「休憩を4時間つけてある。その間に良く聞かせろ。…その後は、レオン、パンサー、アカツキ、ラナ、カイル。そして二人の応援とともに、強襲部隊を組むことにする。」
「武器は最新鋭のものを使わせてやろう。モニターとして特別にだ。」
「タオについていけ。整ったらレイ、セリヌ、クロル、そしてマレイドの救助へ向かう。」
軍隊のいろはなぞ微塵もない三人であったが、タオのこの一言に、胸が躍っていた。
彼らがいつも使っていた武器はなんだろうか。受け継いだ剣、拳、のみおわった瓶、お古の銃やナイフ。何をとっても、武器においては今回ほど素晴らしい機会はなかったのだった。
清潔感の漂う屋内、数多くの認証を通され、ついに一番重い扉をタオが開ける。轟音を立てて低速で開く鉄の扉の先、見えたのは図書館のように広がる壁、大量の金網、そしてディスプレイされる大量の銃・ミサイル、ナイフ達であった。
人殺しのためのデパートだ。だが直感的に、その様子が芸術品のような憧憬すらを想起させた。
黒く重い、光る美術館に迷い込んだ。
「こっちから左はうちの子会社が作った銃。右からは自社工場でつくったものだ。サタイアの君たちに簡単に説明すると、KSA…カタリナ総合武器商会は、創業は300年前。レーザーと照明を主力にしていたが、40年目から銃を作り始めた。やがて有能な技術者や鍛冶職人たちの助力も経て、今やライラット系一。最近では隣の銀河へ輸出もしている。」
軽快に音を立ててタオは歩く。一つ一つ手に取ってみていきたいほどで、彼の足の速さに感動が追いついていなかった。三人はきょろきょろと武器の山を見続け、ため息をついた。
「堅苦しい話はやめにしておこうか。さて、スターウルフの三人は良しとして…君たち三人のコーディネートを行うよ。女の子が服を選ぶように、男の子にも武器を選んであげなくてはな。」
ここに来るまでに、タオとウルフはかなり話し込んでいたらしかった。かなりスムーズに押し流され、次々と武器を渡される。アカツキには大口径の対戦車ライフル、ラナには、カイルには義手にふさわしい装着型ミニミ機関銃がつけられた。
バリア付きの防弾スーツ、全員の顔は隠し、ゴーグルをセットしろと指示を受ける。暗い場所に移る時、自動的に赤外線暗視に対応できる優れものらしい。
胸にはKSAの文字が刻まれ、雇われの立ち位置が明らかになる。黒の迷彩服に身を包んだお互いを見るのは新鮮だった。
「…ラナ、めちゃくちゃ似合うな」
「そうか?お前の方こそ。もともと軍人を志望していただけある」
「ある種セクシーに見えるよな~、あ、ラナの事だぞ。」
気の抜けた適当なことを言うのはカイルである。
「そんな服着といて緊張感のかけらもねえな」
「何言ってんの。アカツキのことじゃないからな断じて。」
「髪の毛結んでやる。どうせなら一つにまとめた方がいいだろう。」
「マジで?おさげつくってよぉおねえちゃ~ん」
「燃やすぞお前」
夜食を渡され、コーヒーを飲んでいる間にウルフたちは打ち合わせに行っていた。清潔なソファに座りくつろいでいるが、今の服のせいで心ゆくまでは休めない。
カイルは青く長い髪をとかされ、紐できつめに縛られる。傷んでいるのか所々切れたり抜けたりすることが多かった。そして、首の後ろにあるものを見つけてしまった。
「・・・アカツキ、これ」
「ん、なんだ?文字が書いてあるぞ」
カイルは存在に気づいていなかったらしかった。謹製、ORIGINAL0004と読み上げると、カイルは何かしらピンときたようだった。
「たしか俺以外にも多分被検体のサイボーグがいたんだ。5年前はまだ実験段階だったが、ほぼ完成系に近かったんだと思う。半身だから記憶喪失になったり、適応に時間がかかったってだけで」
「記憶は戻ったことだし、カイルはサイボーグとしてはもう完成してるわけか」
「そっ。最強のロボットお兄さんだぜ。」
それに乗るように、扉の向こうから聞きなれない声が聞こえた。耳が尖ったドーベルマンのサイボーグと、筋骨隆々としたライオン。その間には、デルがおどおどしながら立ち尽くしていた。
「お前は半身だが、フルボディの完成系。リスクの少ない選択だったが、全身は人工物だ。」
「こいつは不死身じゃあねぇが、両腕をライフル、レイピアソードに変形でき、足は常人の20倍の跳躍力を持ってる。」
「会いたかったぞ、カイル・ヴォルバード・シグレイド君」
ぽかーんと口を開けたまま、手を差し出されるがまま受け答えするカイル。
「パッカー・マザライだ。ごめんな、髪を結んでいる間に。」
「俺はレオ・サルビルだ。親分のお気に入りと見て顔見に来たぜ!おっと、嬢ちゃんはしっかり戦闘機で保護したからな!」
風の噂では聞いていた二人だった。ウルフの直接的な配下に入っている、サルガッソーでもトップクラスのパイロット達だ。元々アンドルフ軍に居たらしく、かなりの手慣れであることは知っている。…アカツキにとっては、遠回りにも敵役である。
だがもうどうでもよくなっていた。
レオが紹介をするなり、デルが大泣きして3人になきついた。一人だけ危機を免れホテルで隠れていたのが幸いだった。
「うああー!こわかったよぉーーー!!みんな平気!?セリヌんは!?レイきゅんはどこ!?」
「残念ながら、捕まって今でも五艇会のところだ。今から私たちが突入する。」
「ふぇぇっ!?そ、そんな…脱出したばっかりで?」
「おいおい、俺たち以外に誰がすると思ってんのさ。デルちゃん?」
「うぅ…あ、お団子のカイルかわいい!」
けろっと切り替えをするデルは以外と強い娘だ。安心して肩の力が抜けると、彼女の目には武装した三人の藍の迷彩服がうつった。がらりと変わった屈強な三人に見惚れているようだった。
「この中で士官学校出の奴いるって聞いたが、お前のことか?」
「あぁ。アカツキ・グレンディアだ」
「やっぱりな、アカツキ君。体格がいいからそうだとおもったよ。今日はKSAの一員として働くことになるから、ある程度全員が軍事作戦として自覚を持ってもらいたい、とのことだ。」
カイルとラナの心中には一抹の不安があった。慣れているのは中等部時代に地上の軍事行動演習を幾度となく行ってきたアカツキだけである。
「飯の追加をたのんでこようか。その間、用語解説でもしてやってくれ、アカツキ」
「了解した。」
レオに言いつけられると、アカツキが向き直った。ペンをだし、書類の裏に用語を書き連ねていった。
「通信機を妨害する電波が流れてる可能性もあるから、聞き取りやすくなるように、短縮して分かりやすく言う。行動中は敵部隊をエコー、突入をチャージ、突撃をラッシュという。これだけは覚えてくれ。あとは俺がウルフに飛ばすだけのことだから、知ってるだけでいい。」
そしてウルフに任されているのが、レイとセリヌ、クロルの救出だ。もともと軍隊の予科学生だっただけあり、実戦訓練はしっかりと身についていたらしい。だが、あくまでも軍の形式をとるだけで、前線に立ったことはない。最後に頼りになるのはいつもの殺し合いの感覚だ。
そして、五艇会本部の敷地内。地下牢の中で三人は息を殺していた。彼らこそ従軍経験もなく、初めての捕虜の体験に心をすり減らしていた。
レイは手錠をみながら、ブルブルと震えている。今でこそ何も喋らないが、「僕は死ぬ」という考えで頭がいっぱいになっていることだろう。木製の檻からオレンジ色の明かりが差し込み、その恐怖がありありと照らし出されていた。
クロルも目をしきりに泳がせ、混乱している。いくら図太い彼女とはいえ、まだ17歳の少女だ。
ーーー落ち着け…まずこの状況から僕たちの力で脱出ができるか…?
レイとクロルはデバイスを取りあげられた。セリヌは腕に埋め込み式の小型のものをつかっており、ホログラムでデータの送受信ができる。しかし光る瞬間があるため、真っ暗な檻の中では外にたむろしている舎弟に気付かれる。
ーーー舎弟の数は5人。ライフル二丁、木刀、刀で武装している。非力な僕らでどうにかこいつらを打破できないものか…!
時間はある。この二人が落ち着くまで、それまでは何もできない。
慰めは不要だ。サタイアに入った以上、こういう状況には慣れてもらわなければならないはず。セリヌは最年長の自覚を持ち、この中でいち早く冷静さを取り戻す必要があった。
拘束具は手錠のみ。所持品なし、地面は土。木造の腐食した牢、地下1階。カビ臭さが染み付いているし、どれかをセリヌが体当たりすれば牢は壊せるレベルだろう。
ーーーあれは…
物置も兼ねているのか、雑多に物が積み重なっている部分がある。消火器が手を伸ばせば届きそうなところに放置されている。いずれも、埃をかぶっており古い。
監視をじっとみて、彼らの意識がよそへ行くのを待つ。不思議と、彼らは非常に真面目で、パイプ椅子に座っておきながらも無駄話ひとつしない。
だが、まてばいつかそのタイミングがあるはずだ。数分後、誰かが飛び込んできて、低い声で「きたぞ」と合図すると、不穏な空気が漂った。5人がざわつき、規則正しい足音を響かせてばたばたと走り出す。
その瞬間に、クロルの足を蹴り合図をする。
「ん…」
顎で後ろを見るように促すと、消火器に気づいてくれたようだった。そして、ゆっくりと息を吐くと意を決してセリヌは急に立ち上がる。
舎弟がざわつき、武器をぬいてセリヌに近づいた。
「檻の向こうで脅すか。」
「んだとテメェ…」
「来るなら来い。」
ライフルを持った者が一番強い奴だろう。「このバカを出せ」と命令すると、短刀を持った者が鍵を開けてセリヌにつかみかかる。出口に差し掛かるであろうその時、セリヌは繋がれた両腕を振り上げ、後ろから檻の入り口の壁に頭を叩きつける。
「がっ!」
振り返ろうとする前に思い切り股間をけりあげると、重い体が覆いかぶさった。ライフルの銃口がこっちに向けられ発泡が始まると、そのまま体当たりして短刀男を盾にしながら押し倒す。
取っ組み合いになると、短刀を力一杯に取り上げ、首と顔を思い切り切りつけた。切り方が悪く、ビシリと天井に血がはじけとび、セリヌの白いシャツと髪も汚された。
木刀で武装したものがセリヌにとびかかろうとすると、檻の中から白い煙を思い切り吐き出した。
「レイ!いくぞっ!!」
「う…うんッ!!」
手を引っ張り出して脱出する。セリヌがその隙にデバイスを起動させる。
『通信ラインオールオープン。こちらセリヌ、レイ、クロルともに無事だ。』
起動している全員のデバイスに、セリヌの声が飛び込んできた。あくまでも落ち着いているようだが、会話の合間に銃声が漏れ聞こえてくる。
『こちらアカツキ。状況は?』
「地下牢に籠城してる。僕とクロルがライフルで応戦中だ」
『無理をするなよ』
「あぁ。作戦と見取り図の送信を頼んだ。」
情報が届くまで、階段の入り口に近寄らせないように銃撃を繰り返す。すると、ここでは聞き萎えない声が耳に飛び込んでくる。
『こちらパンサー。パッカー、ラナと作戦行動中だ。送信した地図のB5区画には近ずくな。5秒後にデケェのブチ込むぜ!』
B5は今いる廊下の900メートル先だ。パンサーの声は銃声は聞こえず、澄んでよく聞こえていた。ということは。
「中に入れ!」
クロルの頭をおさえ、階段の下におしだす。その直後、激しい地響きとともに上から大量の埃が吹き込んできた。クロルが衝撃でステンと転ぶと、青ざめた顔でおきあがった。
「びっくりしたな!なにやったんだ!?」
「ランドマスターだ。パンサーさんがミサイルでも打ち込んだんだろう」
「えぇぇ!!民間の部隊に許可されてるレベルじゃねーだろ!ウルフのジジイやることあらっぽすぎ!!」
「KSAが軍用を横流ししたようだな…!」
セリヌが短刀でスーツのジャケットを破くと、クロルとレイに口と鼻を保護するように渡した。
『こちらウルフ。G9、クリア。セリヌ、状況を逐一報告しろ』
「了解!南のE13に退避する!」
すると、レイが「これだ!」と声を突然あげた。丁寧にもちあげてセリヌに歩み寄る。
「これ、10年前の8月に期限が切れてる。中もきっと最悪の状態だ」
「どういうことだ?」
「一番古いのを選んだ。内部気圧があがりまくってるから、銃弾で穴を開ければ爆発する。使うしかない!」
「いい考えだ。よし、進むぞ!」
足音が増え、敵の流れがまたこちらへ向けられる。レイが状況を見計らい、消火器をなげて奴らの足元に転がせた。セリヌは慎重にライフルを構え、息を止める。
何かが破裂する音がカイルの耳に届いた。足元は血の海となり、鈍器や刃物をもった連中が一緒くたに殺されていた。
「おっさん!爆弾か!?」
「アホ。あんなに小規模な爆弾を持ち込むはずがない。子供のおもちゃか?こちらレオン。」
『了解、ラッシュ!』
レオンとカイルのチームだけでここを切り抜けたらしい。ウルフからの応答がくると、レオンはズボンでさっとナイフを拭い、次のドアを蹴った。左腕を変形させ、ミニミ小機関銃で踊り場の敵陣を一掃する。
「二階へ急ぐぞ」
「うーっす!」
パンサーの爆撃でもう一つの二階へ続く階段は壊されていたらしい。ここに二階に控えていた兵が流れ込んでおり、上から雨のように銃撃が行われる。死角にはいると、カイルが両手を伸ばして指を鳴らす。天井にむかいあやとりが編まれるようにきらりとワイヤーが光り、悲鳴と共にある程度の銃声がやんだ。
二人は地面を蹴り駆け上がり始める。
「すっげ…!足はっや…!」
サタイアの中でも最も早いラナをはるかに超える速度で駆け上がり、ナイフを振りかざして次々と血祭りに上げる。ちらほらと取り逃がした兵をカイルが援護して打ちのめし、攻撃をさける。
完全無欠な手さばきで首や腹がきりつけられる。
「こちらレオン。階段付近クリアだ。」
『了解ッ!こちらパッカー、H6レッド。パンサー、ラナ、チャージ!!』
ラナとパンサーが二階に到着し、中へ突入する。パッカーがハシゴを切り、両手の関節部分を短い刃に変形させ、壁に突き刺す。
「気をつけろよ、パッカー!」
「おうよ。紳士ならお嬢ちゃん守ってやれな!」
「もちろんだ!」
ラナは無言でパッカーにうなづくと、守られる通りもないと言わんばかりに激しく発砲をはじめた。パイロットとガンスリンガーが並べば、撃てない輩はいない。パッカーは外壁をすいすいと登り、窓ガラスを叩き割る。シャッターをガンガンと打ち付けると、中から白い光が差し込まれる。
「!」
ほんのわずかながら、中でグローバックの音がした。右足で壁を蹴り、体を裏返した。足が離れたその途端、大量の銃弾がシャッターを貫く。そのまま壁ヘリを蹴り、窓の上部に避ける。グレネードの栓を歯で抜き、穴のあいた壁をかかとで蹴って投げ込む。
その爆発音を、ウルフたちの部隊もしっかりと耳にしていた。
「パッカー!」
『…女の声…!旦那!』
「あぁ、爆死してねえだろうな?」
『レッドアイで確認した。傷一つねえ。』
現在全員がつけているゴーグルは赤外線での透視が可能だ。壁の向こうに潜む敵もすべて察知できる、KSAの優れものだ。マレイドの姿を察知しており、アカツキはふうと肩をなでおろしている。
「アカツキ、まだ安心する段階じゃねえぞ。これから強行突破すれば首を掻き切られる可能性がある。気をつけろ」
「あぁ…。」
「こちらウルフ。セリヌ、状況は」
『こちらセリヌ、E13から北東の階段でレオン部隊と合流する!』
「地図見る余裕ねえだろ、迷うんじゃねえぞ!」
激しい銃撃音も合間合間にセリヌの声をかき消す。予想以上に進行が遅いのを見る限りも、かなり慎重に進めているらしかった。
「クロル…レイ、…僕の指揮に従え!」
「了解ぃー…!」
弾を入れ替えると、セリヌはレイに合図をした。全身に汗を滲ませ、簡易爆弾を投げた。そして重ねるように、セリヌが照準を合わせる。
「さあ…ぶっ殺せ!!」
これまでにない真っ直ぐな、射抜くようなブルーグレーの瞳が舎弟の山を射抜いた。
「旦那、後ろからけりつけっか?挟み撃ちにするか!?」
「セリヌにはスジがある。前からぶち抜くぞテメエら。」
レオがセリヌの動向を見ると、こう提案した。ウルフがマシンガンを肩に担ぎ、歩み出す先には、大量に舎弟たちが転がっていた。
「どいつもこいつも…隣で脳みそぶちまけようが誰一人逃げねえ命知らず共だ」
ヤクザのような不信感で繋がる集団となると大体が混乱に乗じて逃げることが多い。だが五艇界はどうだろうか。全員が捨て身で突っ込んでくる。今の彼らも同様だ。KSAの最新鋭の防弾チョッキに身を包んだスターウルフたちは、ある程度被弾しても効かない。
ウルフはそれを、くだらない忠誠心と吐き捨てた。
『いくぞセリヌ、左だ!!』
ウルフの低い声が極限状態になったセリヌの耳腔を貫いた。目を血走らせ、身体中に緊張感をほとばしらせ、迫り来るような衝撃が全身を痺れさせた。
シャツ一枚のジャケットの身のまま、ライフルの引き金をひいた。
「うおおおぉぉおおおおおおッッッッ!!!!」
血走った目をひんむきながら、恥じていた野蛮な自分の本性をすべてさらけ出した。
そのまま大量に発砲しながら駆け抜け、T字路の左側の壁を背中につけ、視界にはいる対方向の道に大量に発砲した。
怪力自慢の三人が重機関銃を抱え、壁を破壊しながら突き進む。走りながら、驚くべき速さで嵐のように、大量の敵をなぎ倒していく。死にぞこなった舎弟が足首を掴んだ。
「あぁ?」
「許さねえ…おまえら…何をした…!」
「コーネリア人らしく、紳士らしく。正面玄関から来てやったぜ。力と合理性。それがとっくの昔から中央集権の常識だ。格式や品位なんて必要ねえ。」
「貴ッ…貴様…は…!」
「KSA、カタリナシンセティックアームズ部隊。…宇宙ではお馴染み、ウルフ・オドネル…スターウルフだ。」
提げた拳銃を取り出すと、フルメタルジャケットでとどめを刺した。
「E18、クリア。」
「…ウルフさん!レオさん!アカツキ!」
レイとクロルを前に突き出すと、セリヌはネクタイを解いて汗をぬぐった。三人の格好を見て驚いたような顔をみせると、アカツキが笑った。
「驚いたな…その、本格的すぎて…」
「だろ。今回はKSAの特殊部隊としての任務だ。」
「サイズでけえか?上着だけでもセリヌにやれ」
レオにニッとわらいかけられながら、アカツキが振り向いて青ざめた。
「え、は?レオさん、なにを?」
「だからよぉ、セリヌにジャケット。分けてやれよ、友達だろ?」
「いや…じゃあ俺はどうなるんだ?」
答えることもなく二人はズンズンと進んでいく。ぞっとしたような顔でセリヌに目を向けると、ため息をついて上だけ脱いで渡した。
「ははは、臭いなこれ」
「文句言うなら裸で戦え馬鹿野郎」
上は黒いタンクトップ一枚になってしまい、左腕の刺青が威嚇するようにあらわになる。見知っていたにしろ、一瞬、セリヌはその厳しさにピクリと反応していた。ウルフが総員に保護したことを伝えると、レオン達がレイとクロルを連れて脱出することが通信として帰ってきた。
『こちらレオン、G18地点でランデブー。アベックカイル』
「了解」
そして地点に到達し、カイルがレイとクロルを連れて外に脱出を試みた。ウルフが持っていたゴーグルをわたし、敵を察知し次第ワイヤーを解き放つ算段だ。三人を見送ると、いよいよ袋小路になった残りの五艇会の幹部たちが詰まっている二階へ足を運んだ。ここには、先回りしたパンサーとラナがいるはずだ。
「パンサー、ラナ、無事か」
『無事だぜ旦那。このネコちゃんもまるで消耗してねえ』
「パッカー、そっちはどうだ」
『脅しまくってるぜ。ボスの部屋爆弾の一つもねえ。景気悪ぃな』
「うまい具合だ。交渉には応じるな。ババアが文句いってくるなら躊躇なら殺せ。」
パッカーの腕前を見越しての台詞だったが、アカツキにはマレイドに被弾しないか気が気でならなかった。廊下にでる扉の前、前衛にウルフとレオがつき、赤外線で状況をみた。その向こうから漂う気配から、敵が上等な幹部であることがしみじみわかる。そして、ウルフが命令をだした。
「G20、チャージ!」
レオが思い切り扉を突き破り、まっすぐに広がる大きな廊下に全員同時に発砲した。一点に集中砲火される中、アカツキとセリヌが被弾する。アカツキは顔を歪ませ、しゃがみこんだ。
「撃ちやがれ甘ったれんなクソガキ!!!」
声を張り上げるウルフの声に体が動く。アカツキは根性で目を見開き、激しい痛みに目を背けながらもう一度銃口をむけた。やがて作戦通りにウルフに促され、二人でレオンの援護をしながら直接攻撃に躍り出る。
ウルフやレオンに勝てるわけがない。じゃあ何を武器にする。怪力、炎…力では何一つ勝てない。ならば、ーーー何人も恐れぬ若さで勝つしかなかった。
「アカツキ!!先陣を切れ!!!!!」
レオンに叫ばれ、表に出てスーツの男に掴みかかる。そのまま腹部に殴りかかり、肋骨を割らんばかりの力で殴った。他の銃を構えてくるものは皆邪魔することもできず、セリヌやレオの銃弾に一網打尽にされる。ウルフの鋭い鉤爪も動脈を瞬く間に切り捨て、廊下に激しい血しぶきをまきながら次々と殺してゆく。レオンのナイフも寸分違わぬ正確さで息の根を止め、鮮やかに、清潔に始末していった。
見える敵を排除した後、三人が背中合わせに佇んでいる光景に、セリヌは息を飲んだ。
彼の中でこれほど感銘を受けた光景を見たことがなかったからだ。
そして、パンサーチームは。
「パンサー!アカツキたちだ、パッカーも上で爆撃を繰り返してる!」
「ヒュー、作戦通りだ。ラナちゃん、このまま俺が守って…」
突然せり出てくる3人の輩を拳銃で3発確実に当てる。パンサーは少しあっけにとられたような顔をすると、ラナは自前の拳銃をリロードし、渡されたライフルを捨てる。
「私はパイロットが羨ましいですよ。」
「へぇー、なんで?」
「私は血も浴びたくないし臭い内臓も嗅ぎたくない。」
「そりゃ火葬するカレシは重宝するわけだ」
「フン、だれがあんなガキを」
「照れちゃってサ」
「興味ない」
グローバックの音が二回響き渡ると、二鳥献上をかまえて歩み出す。パンサーも気の抜けた顔で隣につき、額に押し上げていたゴーグルをつけた。細く長い尻尾は相変わらず止まっていた。表向きに楽天的を装っていても、緊張はまだ張りつめたままだった。
「こちらラナ、敵を捕捉。パンサー、そっちを頼む」
「りょーおかい」
息を合わせると、息を潜めているだろう舎弟がいる部屋に二人は一気に射撃を始めた。ウルフ達、パンサー達が2階を双方向からおいつめる。
「…おい、ウルフ…」
「あ?」
「ここまでやる必要ってあんのか?五艇会はデフトーンズの捨て駒だろうが。」
「見せしめだ。タオの野郎はビビリの部長をビビらせてえんだろ」
ババババ、と銃声が近づいてくる。アカツキは、この世界の常識をもう一度知ったように胸を、高鳴らせた。ウルフは、見せしめなどという下らない理由のために人を殺す。
力の誇示。それがマフィア、ヤクザの間でどれだけの意味をなすものなのだろうか。
もはや金をどれだけもっているかなんて、何の意味もない。
強いものが弱いものを駆逐する。その簡単な恐ろしい世界が、目の前に横たわっているのだから。